ハーメルン
学園お抱え装蹄師の日常 
15:朝の工房にて




 男はふらつきながらもエアグルーヴの手を借りて散らかったデスク周りをとりあえずの形で整え、共に居場所を応接セットに移した。
 
 「なんかすまん…」

 男は冷蔵庫から人参ジュースを差し出した。

「全く…この間はここで堂々と説教を垂れたというのに、今日のザマはいったいなんなんだ…?」

 エアグルーヴの声音は呆れ、というよりは幾分か戸惑いと柔らかさを含んでいた。

「いやぁ…資料作りながらいつの間にか眠り込んだらしい…みっともないとこ見せたな。あー腰いてぇ…」

 ソファにどっかと腰をおろした男は、気怠げに伸びをする。
 無精髭も更に濃くなっており、目には隈がうっすらと浮かぶ。

「それで貴様はあんなところで寝ていたのか…こちらにも原因がある話だ。早速スケジュールを見直さなければならんな」

 彼女はいつも通りのクールな表情で考え込む仕草をしてみせた。
 男は手を振ってそれを否定する。

「その必要はねぇよ。こっちが能力不足なだけだし、もう目処はついてる」

 後半は嘘だったが、そうでも言わないと本当に自分が理由でスケジュールが動きかねない雰囲気だ。
 流石にそれは男も気が引けた。

「しかし、これが原因で身体を壊されても困る。貴様はタキオンいわく、計画の重要なピースなんだそうだからな」

 彼女は極めて真剣だ。

「そんな柔な身体じゃねえ、と言いたいところだけど、まぁ今の調子がずっと続くんならマズいな。当面のスケジュールはともかく、関わっている人間たちはみんな普通に日常の通常業務はあるからな。今後はそこら辺も考慮に入れてくれるとありがたい」

「わかった。今後はもう少し余裕を持つように組もう」

 どうやら彼女はそれで納得してくれたらしい。
 真剣な眼差しが少し和らいだ。

「それはそうと、この間は悪かったな」

 男は話題を切り替えた。

「…なんのことだ?」

 エアグルーヴはまだスケジュールのことが頭の片隅にあるのか、思案顔だ。

「…ゴールドシップに写真撮られた時のことだよ…」

 彼女の表情がハッとする。 
 思い出しているのか、黙ったまま、しかしみるみるうちに顔色が変わり、白磁の肌が朱に染まる。

「俺もちょっと油断してしまった。迂闊だったよ」

 女帝と呼ばれる彼女が、顔を朱くしたまま、瞳に涙を浮かべて口を固く結び、耳はふるふると震えている。
 男はその表情を不思議と冷静に見つつ、綺麗だな、と思っていた。
 自分にはSっ気があったのだろうか、とも考えている。

「…貴様は、よく知りもしない異性の頭を無思慮で撫でるような軽薄な輩なのか?」

 表情を辛うじて取り繕った彼女が絞り出すように問うてくる。尻尾はばさり、ばさりと揺れていた。
 彼女の心は、ざわついていた。

「…いや…基本的には異性には縁のない人生だがね。あの時はなんだか…昔、妹分の子と似たようになった時を思い出してしまって」

 嘘ではなかった。

 彼女は少しの間を開けた後、一息、深いため息をついた。

「今回は、許す。私も、悪かったのだ。全く余裕を失ってしまって…らしくない振る舞いだった」

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