15:朝の工房にて
耳はしゅんとしてしまい、伏目がちに言った。
エアグルーヴは今この瞬間、自分に正直ではなかった。
先ほどの男の姿を見た時の複雑な心境や、あの撫でられた時に湧いた感情、その正体を自分でもはっきりと理解できないでいた。
謝罪に応じて口に出した質問も、胸の内がそうじゃない、言いたことはそういうことじゃない、と発している。
しかし女帝としての仮面が、自分の心の中を直視することを妨げていた。
「…その妹分とは、今も仲良くしているのか?」
まとまらない思考を巡らせ、制御不能に陥りかけた彼女の脳内は、明後日の方向へボールを投げてしまった。
男は少し思案した後、答えた。
「うーん…今でも兄のように扱ってはくれるがね。向こうはもう、妹扱いするには申し訳ないような高みに登ってしまったよ」
ふとその表現に、引っ掛かりを憶えた彼女は、更に問いを重ねる。
「その、妹分というのは今…」
その時、工房の入り口の引き戸が勢いよく開いた。
聞き覚えのある声が大音量で満面の笑顔とともに響く。
「おっちゃーん!!こないだの写真額装して…き……た………ぜ?」
珍奇行動悪戯大好絶対美女ゴールドシップは応接に向かい合って座るエアグルーヴと男を視野に入れ、笑顔の行き先を無くし、自ら断首台に飛び込んだ自覚をするまで、わずかコンマ数秒。
「…ヤッベ」
ゴールドシップは小脇に抱えてきた風呂敷包の平たいものを放り出すのと背を向けるのが同時、ゲート難という噂は嘘であると断言できる逃げ足スタートダッシュを決めた。
ここで会ったが百年目と言わんばかりのレスポンスで追って駆け出すエアグルーヴ。
蹄鉄の着いていないローファーであってもあの速さ。
もはや男の稼業の終焉は近いかもしれない。
そう思わせる迫力とスピードであった。
ゴールドシップが持ってきたA4ほどの平たい包みを解くと、消させたはずの涙目エアグルーヴよしよしショットが引き伸ばされ、フォトフレームに入れられていた。
男は思わず眉間に指を添えて苦悶の表情を浮かべてしまう。
そして応接テーブルの上にあるものに気がついた。
エアグルーヴが持ってきたと思われる鉢植えだった。
凛々しく青い色合いの、小ぶりな花が連なるように咲いている鉢植えだった。
後で調べたところ、サルビアという花らしかった。
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