18:鉄のウマ娘のつくりかた(中)
翌日の打ち合わせはリーダーである初老のウマ娘専門医の意外な一言から始まった。
曰く、炎症している関節にかかる力をコントロールできれば、トレーニングしながらの症状の改善は可能、というものだ。
過度な刺激は炎症の悪化を招くのは間違いないため、今の状態でのトレーニングは良い結果をもたらさないが、これまで日常生活が問題なくこなせていることを考えると、おそらく適切に関節にかかる力をコントロールできれば良い方向に持っていける可能性がある、という見解だった。
おそらくこの見解に至るために過去の症例をひっくり返し、検証してきたのだろう。専門医の表情はいくらかやつれ、目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。
男の上司であるシューズ課長は最近の練習用シューズを数種類持ち込んできている。男と考える方向性は同じようで、素材や構造を工夫して足首の負担を減らす方策を捻りだしたいようだ。
男は朝早く、工房の倉庫に立ち寄っていた。
朝目覚めたとき、以前聞いた師匠格の老公のエピソードを思い出した。
サイレンススズカと話すとき、老公の話に出てきた「幻のウマ娘」と呼ばれたトキノミノルの蹄鉄を持ち出していた。
あの倉庫のどこかに、シューズそのものも現存するのではないか、と思われたのだ。
朝から倉庫をひっくりかえしたため埃まみれになり、ここに来る前に再度シャワーを浴び着替えをする羽目になったが、持っていた蹄鉄がぴったりと嵌る、話に聞いた通りの革製で足袋型のシューズを無事見つけ、ここに持ち込むことができた。
そして男は、それを会議机の上に取り出した。
師匠格の人間から聞いた話ですが、と前置きして、「幻のウマ娘」の話を簡単に話した。
もちろん老公との約束通り、プライベートな心情の部分を除いて。
ウマ娘専門医の初老の男はその話を知っていたようで、しきりに頷いていた。
「なるほどね…つまりは今の技術で、目的をレースではなくトレーニングを行えるに変えて、ということか…」
シューズ課長が要点をまとめる。
彼はひび割れた革製の足袋を丁寧に持ち、さまざまな角度から眺めた。木箱に収められていたため、光による劣化などは少ないようだが、ところどころ脆くなっている為、丁寧な手つきだ。
「しかしお前、よくこんなもんあったな…レース博物館級の代物だろうが…」
上司がそういうと、初老の専門医も頷く。
「私もかなり昔だが、その話を聞いたことがあるよ。トキノミノルはダービー優勝ウマ娘として歴史にもしっかり名が残っている。今は参考にさせてもらうにしても、その後はしかるべきところで保管されるべきだろうな…」
シューズの処遇はあとでたづなさんに相談するとして、話はトキノミノルのシューズからイクノディクタスの脚にどのようなものが合うかに移っていく。
理学療法士が言うには特段彼女のフォームになにか特長があるわけではなく、それが原因で関節を痛めているわけではないと思われる、という見解が述べられる。
「ということは、やはり足裏からの衝撃を足首に悪影響を与えないようにしつつ、走行に支障がないような形のシューズ、ということになるね」
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