ハーメルン
学園お抱え装蹄師の日常 
5:幻のウマ娘

 ウマ娘が走るのは、本能故と言われている。
 
 ウマ娘の起源そのものについては、さまざま研究はされているが、今でもはっきりしたことはわかっていない。
 しかし壁画に残る古来の昔から、人間の友として共に暮らし、生活を支えあってきた。
 
 現代においては人間と同じ市民権を持ち、パワーの差はともかく、その生活自体は食に関する嗜好の違い以外は、大きなものはない。

 ただ、速さを競うという彼女たちの本能を生かしたエンターテイメントが興業の側面を持って経済的に確立されたのは比較的最近と言っていい。

 その華やかな陽のあたる世界が創造されるまでには、人間の歴史と軌を同じくして陰、闇といわれる部分も多くあるのは確かだ。

 そして現代のレースの世界でも、華やかな部分が明るければ明るいほど、陰もまた濃くなるものなのだ。

 

 朝、男は工房の隅にある6畳ほどの畳敷きの小上がりで目を覚ました。

 生活用の部屋は学園によって用意されており、トレーナー寮の一室が与えられているが、昨夜の東条ハナとのやり取りのあと、どうにも帰る気になれずに工房で夜を明かした。

 工房に備え付けのシャワー室で熱めの湯を浴び、昨日のおハナさんの言葉を思い返す。

 スズカの蹄鉄の返却について、おハナさんに託してしまおうかと考え、それを伝えたとき。

「…あなたが相談を受けたのなら、あなたが返しなさいな。スズカが縋った大人は私じゃなくあなた、なんじゃないのかしら?」

 縋った、というのはいささか想像力が先行し穿った認識だとは思うが、道理ではあると思った。

 シャワーを浴びて自らの思考にリセットをかけた気分になったあと、男はふと思い立って工房の裏にある倉庫に向かった。

 ここは以前使われていた工房で、築年数ははっきりとわからない古さであった。レンガ造りの重厚な建物で、工房を建て替えるときにも取り壊さず、そのまま倉庫に転用したものだ。

 中は薄暗く、土間の床に最低限の照明があるだけの空間で、今は段ボールや木箱が後付けのスチールラックに雑然と納められている。整理があまり得意ではない男は、行き場に困り、捨てる決断もできないものをこの倉庫に無思慮のまま放り込むことがよくあった。

 倉庫の最奥のラックで、目的のものを探す。

 相当な年代物の木箱の中から、油紙に包まれた塊を取り出す。
 中を開くと、いくらかさびは浮いているものの鈍い光を返す、一対の蹄鉄が出てきた。

 蹄鉄の裏側の隅に小さく「ミノル」と刻まれていた。






 「幻のウマ娘が、いた」
  
 その話を聞いたのはいつだったか。
 男の師匠格だった老公は、その人生の最後期において、男を装蹄師として独り立ちさせるべく日常の作業に、ウマ娘のレースの現場にと、精力的に連れまわした。

 ある日、ジュニア級のレースに老公と立ち会った日のこと。
 そのレースは次世代を嘱望されるウマ娘が複数人出場することもあり、その日のメインレースではないものの、目端の利くファンらが数多く詰めかけていた。

 そのレースはスタートで多少のばらつきはあったものの、距離を経るごとにバ群がかたまり、その世代での拮抗した力を持つウマ娘が3コーナー手前から間隔を詰め、鎬を削りだした。

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