教官とウマ娘
『とどくか!?とどくか!?差した!!!差し切った!!レッドクラウン!!先頭を差し切って今!1着でゴールイン!!見事、見事に秋の天皇賞を獲得しました!!!』
このテープを何度みたんだろう。私のお母さんが秋の天皇賞を制したビデオ。何度も何度も、テープが擦り切れるまで見返しては、その母の姿に胸を躍らせた。
私もいつかはきっとこんな風に、みんなを感動させられるウマ娘に。
レッドという名はお母さんからもらったんだ。不屈の赤と言われていたお母さんの名前を。
だからきっと、私、お母さんみたいに。
―――――――――
「…はぁ。…はぁ。」
息が続かないというのは、泣くのにも一苦労だ。
浮かない顔をしても、何も変わらない。
泣いても、何も変わらない。
本当にいっそのこと、トレセンのスタッフ研修生になったほうが、私は幸せなのかな。もう、こんなつらい思いをしなくて済むのかな。
「…気が済んだか?」
そこに聞きなれない、低い男の人の声がかかった。
「!!」
急いで声のする方を振り向くと、私の真横に男の人が座っていた。
空を見上げながら、火のついていない煙草を咥えていた。
「だ…誰!?」
「おいおい、誰はねぇだろ?」
月明りでその人の姿がだんだんとはっきりしていく。
黒いシャツに、ワインレッドカラーのジャケット、胸元には金のチェーンネックレスに腕には年季の入った高級腕時計。
そして少し老いの見える顔に、オールバックのスタイル。ちょっとした伊達男というよりはちょい悪オヤジというのがいい表現だろうか。
「…大城先生。」
「そ。皆大好き大城 白秋先生だ。っていっても、お前のクラス担当したことねぇけどな。」
大城教官。ウマ娘たちに座学を教えている教官ということは知ってはいるが、あまり面識はない。
「な…なんの用ですか?」
「なんの用って。あんなデカイ声でピーピー泣かれちゃ、気にしねぇワケにはいかねぇだろ?」
大城は咥えていた煙草を、箱に戻す。
「俺はこれでも教官だ。お前らが健全に過ごすことを保護するのが仕事だ。てなわけだ。悩みがあるなら話してみろ?ほら?どうした?」
そのあまりにもフランクすぎる対応に、マーシャルはいくらかの嫌悪感を覚える。
「…ほっといてください!」
マーシャルは立ち上がって、彼のいない方へ歩いて行こうとするが。
「お前、肺が弱いんだろ?」
その言葉に足を止めた。
「ハナっからぶっとばして、そんでバテてうしろからどんどん追い抜かされる。地方の900ならまだ通用するかもしれんが、中央の1800じゃあ子供だましにもならん。」
「…見てたんですか?」
「しかもお前の息の上がり方、ただのスタミナ不足どころじゃねぇよな。軽く酸欠おこしてるだろ?」
この人は一体、どこまで自分のことを知っているんだろう。いくら学園の教官といえど、ここには2000を超えるウマ娘たちがいるというのに。
「まぁ、いくら肺が弱かろうと、下級生相手のレースでそんなんだと、はっきり言ってザマねぇよな。」
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/3
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク