11 1994年8月
飛優が祖父に引き取られてから三ヶ月が経った。
盛夏である。
自らの命を燃やすような蝉の声が、辺り一面に木霊していた。
(煩いなぁ……。)
飛優は今、森の中を散策している。
元来飛優は引きこもり気質であるが、祖父の部屋の本を粗方読み終わったため気分転換に古賀家の敷地内を探検することにしたのだ。
(それにしても、広い敷地だ。)
多恵さんから聞いて分かったことだが、飛優が古賀家に来たときに通った石段と黒い門、境内のような広場、そして、飛優が現在住んでいる家は敷地のほんの一部なのである。
多恵さんによると、古賀家はそこそこ大きな山々にぐるりと周りを囲まれた石垣の上にあり、付近に民家はないらしい。そして、古賀家の周りを囲んでいる山のほとんどは古賀家が所有しているため、古賀家の敷地はとても広いらしいのだ。
飛優が今歩いているのはそんな山の一つだ。人の手がある程度加えられている山であるため、獣道よりはマシな通路がある。
(まぁ、熊も鹿もいるらしいから普通の人にとっては安全ではないのだろうがな。)
ある程度人の手が加えられているとはいえ、道以外はほぼ自然のままである。ちなみに、飛優は言語能力補助でそういった生き物の縄張りを理解することができ、避けることができるので遭遇したことはない。
(それにしても、かなり自由にさせてもらっているよなー。)
祖父は、食事やお風呂や就寝の三十分前に家にいなければ恐ろしい形相でこちらを探すのだが、それ以外は本当に自由だ。それに、恐ろしい表情で飛優を探していても、飛優を見つければすぐに優しい顔になる。
(まぁ、そんなときは強制的に抱えられたまま下ろしてもらえないが。)
この三ヶ月で何度か昼食を忘れて遊んでいたことがある飛優は少々苦い顔をした。腕から逃れようとすると無表情でじっと見つめてくるので、飛優は大人しく抱えられることしかできないのだ。
ちなみに、祖父は仕事で週に何度か外出しているのだが、そんな日に昼食を忘れていた場合は、帰宅してすぐに抱えられて、一日中そのままだ。
(それ以外では、そこまで干渉はされないし、人間が少なくて居心地が良いから、できればずっとここにいたいものだ。)
飛優は人付き合いができないわけではないのだが、どうにも昔から人間との会話が気疲れして苦手なのだ。そのため、祖父と多恵さんと和田さんしかいない古賀家は飛優にとって理想的な場所だった。
(そろそろ帰ろうか。)
飛優が乗れる程度の大きさになった影月に乗って、飛優は歩いて来た道を戻っていった。
*
(……知らない人達がいる。)
旅行鞄を持った男女が家の前に立っていた。
飛優は影月を子犬くらいの大きさにして、サッと木陰に隠れた。
(誰だ?)
じっと息を殺して様子を伺っていると、多恵さんが家から出てきて対応しているのが見えた。
「まぁ!おかえりなさいませ、春香様、良平様。」
女が先に返事をした。その後すぐに男も続けて応える。
「ただいま、多恵さん。父さんはどこ?」
「ただいまー。」
女の方がせっかちそうなのに対して、男はのんびりとしている。服も、女の方は赤いチェック柄の半袖シャツにベージュのパンツ、薄色の襟なしデニムジャケットを腰に巻いて頭にデニムキャップを被っている……という風になかなか小洒落ているのだが、男の方は白いTシャツにダボっとしたデニムパンツといった、至ってシンプルなものだ。
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