将来の話をしようか/……はいっ
千夜が真魚に、転勤の事実を告白してから、早2週間が経っていた。
あれからというもの、二人の関係は、少しギクシャクするようになっていた。
例えば3月14日、ホワイトデー。
千夜にバレンタインのお返しをしない選択肢はなくて、だから直接会って、彼はそれなりの値段のするクッキーを渡していた。
けれど。
けれど、けれど。
『ぇ、と……ありがとうございます』
真魚の浮かべた表情は、少しぎこちなくて。
どういう感情を浮かべればいいのかわからない、という雰囲気だった。
また、3月14日を除けば、直接会うこともなくなっていて。
理由はなくとも会うようになりはじめた矢先の、関係の断絶。
だってじきに会わなくなることが決まっているなら、これ以上仲良くなっても辛いだけなら、理屈上、これ以上会う理由なんてなかった。
そう、理屈の上では、会う理由に乏しい。
そう、理屈の上では。
でも、忘れてはいけないのは。
私生活をおくる上で、他人に時間を割くということは。
理屈ではなく、感情で、ただそうしたいから。
それはもともと、理屈で説明できないことだったから。
だから。
3月19日、空いてませんか?
ここから先の話は、理屈をある程度すっ飛ばした、感情の話。
想いを第一にした、彼らの話だ。
〈 3月19日 〉
海というのは、普通、昼のほうが綺麗だ。
陽光が反射して、海面がきらきらと、まるで宝石のように煌めく。
冷たい風と、海の匂い。
右手のほうに見える煌めく海を見ながら、千夜は海沿いの道路を歩いていた。
約束の場所は、千夜と真魚がはじめて会ったところだった。
昼に会うのは初めてではない。
海で会うのも初めてではない。
けれど、昼の海で会うのは、はじめてだった。
夜の海辺という特殊なシチュエーションでは、複数回一緒にいたことがあるというのも、また不思議なことだった。
視界の隅に真魚が引っかかるように歩きながら、彼は、海辺へと歩みを進めていた。
時間には、比較的ゆとりがあって。
約束の時間の、だいたい20分前に約束の場所に着くこととなりそうな具合で。特に問題なく、場所自体には、着いた。
真魚の姿を、見つけた。
さて。
さてさて。
「…………」
千夜は約束の場所へと訪れて、言葉を失っていた。
何故か。それは驚いてしまったから。
真魚が、ナンパをされていたから。
砂浜と道路の境界に位置する、コンクリートの塀に腰掛けている真魚に、どこかの誰か、知らない男が声をかけている。
細かな台詞は聞き取れないし、文脈もいまいち理解できないが、ニュアンスとしては「何してんの? 俺らと遊ばね?」というような感じで。
それを認識して、千夜は、距離を縮める。
「あの。その子、ぼくの連れなので」
そう声をかけると、見知らぬ男は、「なんだ男連れか」と落胆して、去って行った。
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