ハーメルン
家出娘のなつき度が上がった。通い妻に進化した。
いってらっしゃい/いってきます



〈 8月9日 〉


 時刻は深夜零時を過ぎてしばらくしたころ。
 日付自体は変わっているが、ひとによっては「寝るまでは今日だから! 日付変わんないから!」という時間帯。
 かくいう彼も、気持ちとしてはその派閥で、自分が寝るまでは日付が変わっていないものとして処理していいだろうと思っている。だからこうして、外に出ている。別に、夜を満喫することは悪いことではない、と。
 彼が夜をぶらつくのは、久しぶりだった。彼にとっては、だいたい半月ぶりくらいの深夜の散歩。

 夜。夜である。
 夜であるにも関わらず、じっとりと暑い。
 以前散歩をした七月よりも、彼の体感ではだいぶ暑いように感じた。
 Tシャツにはじっとりと汗がしみこみ、首筋には玉になった汗が流れていく。

「……暑いな」

 けれど今すぐに帰ろうなんてことは思わなかった。
 暑いことは、彼も知っていた。家の外に出た瞬間から暑いことは知っていた。
 それでもいまこうして歩いているのは、散歩をするということが好きだったから。

 そうして歩くこと、約15分。

 彼は砂浜へとたどり着いた。より正確に言えば、砂浜へと降りるための階段までたどり着いた。
 そこで見知った顔を見つけた気がして、彼は目を瞬かせる。
 
 少女が、いた。
 暗闇に馴染むストレートの黒髪、同色の瞳。それとは対照的に、真っ白なワンピースを着ている少女。
 約半月前、海でびしょ濡れになっていて、彼が自分の部屋に上げた少女──……である気がする。
 気がするというのは、正直記憶が曖昧だったからだ。たった1日。半月前。面と向かっていた時間は計1時間あるかどうかというところだろう。加えて現在も、対面しているわけでもなく、やや距離が空いていて、周囲は暗い。

 彼は物陰からひっそりと見ていたわけでもなく、空間は開けている。
 であれば視線を注がれる側も気付くことは可能であり、少女も彼の存在に気付いた。

「…………」
「…………」

 約10メートルの距離を空けて、視線が交差する。
 彼らの思考は、実のところ一致していた。
 すなわち、話しかけるか見なかったことにするか。
 これだけ長い間視線が絡まっていることから、少女が‟あのときの少女”であるという可能性は高くなっており、同様に少女も“あのときのおじさん……?”などということを考えていた。

 しかし、だからと言って「こんばんは! 今日はどうしたんですか?」など気さくに話しかけられるわけがない。
 彼は「いや普通に犯罪では……? 10歳年下の女の子に深夜に声かけるサラリーマンってもう犯罪じゃない……?」と考えるし、少女は少女で、「普通に迷惑……。いや、そもそもどの面引っさげていけば? ううん……」と考える。

 少し似た者同士な二人は、ぼけーっと、考えごとをしながら見つめ合っていた。
 そして少女は、「これだけ凝視したあとになかったことにするのは無理がある」と判断し、彼に近づいていった。

「おじさん、もしかして深夜徘徊が趣味なんですか?」
「第一声!」
「冗談です。すいません」

 少女の軽快な台詞に彼は表情をゆるめ、それを悟った少女も安心したように息をつく。

「まぁでもそれを言うなら、君のほうもあれじゃない? 深夜徘徊が趣味なの?」

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