おかえりなさいっ/……ただいま
〈 1月18日 〉
恋は盲目──、なんて言葉がある。
視野が狭くなる。それ以外のことがどうでもよくなる。理性が機能をしなくなる。
そういう、流行り病にも似た心の動きは、誰にでも起こりうるもの。
ごくごく普通の精神性をした少女である真魚もまた、例外ではなくて。
少女の鏡を見る時間が増えたのは、きっとそのせいだった。
変じゃないかな、とか。可愛く見えるかな、とか。香水つけてみようかな、とか。
真魚は、鏡を見て、いろんなことを思うようになった。
もともと少女は、特別着飾ることが好きではなかった。もちろん年相応の興味はあったが、熱をあげるほどではなかった。
周りに呆れられなければいいかな、という塩梅。空気を乱さなければそれでいいだろう、という付き合い方。
だから真魚にとって、おしゃれというものは、少し距離のある存在だった。
癖の少なそうな……かつ、彼の好きそうなマリンノートの香水をワンプッシュしてみたり。
唇を色づけるための色付きリップ……発色が控えめの、気付いてもらえなさそうな程度のものを塗ってみたり。
普段しない背伸びをする高揚感。
胸がどきどきする感じ。
香水を吹きかけた部分を、すんすん、と嗅いで違和感がないことを確認して──、
「真魚ちゃ~ん」
「うひゃあ! ……お母さん、びっくりさせないでよ」
「えぇ~。人の化粧品漁っておいて、それはないんじゃない?」
「……」
「都合が悪いとすぐ黙る~。そういうところ、お父さんそっくりね」
「……」
「はいはい怒らない怒らない。それで何? 彼氏?」
「違うけど」
「……ふーん」
「嘘は言わないよ、私」
「はいはい。わかってますよ。真魚ちゃんはそういう子だものね」
うふふ、と洋子は笑みを浮かべる。
むくれている真魚は、誰がどう見ても、デート装備だった。
髪はきちんとセットしてあったし、服装も普段より背伸びをしているきれいめコーデ、それから化粧。
ずっと子どもを見てきた親にはわかる、子どもの変化。
恋をしているということが、よくわかる。
「今度、料理教えましょうか」
「え」
「最近よく聞いてくるでしょ。『これなにで味付けしてるの?』って」
「え……と。いいの? 昔キッチン入ったらすごく怒ったでしょ」
「いつの話? それ。10歳とかのときでしょ」
「……」
真魚は過去を振り返り、確かにそのくらいのときだったかな、と思った。
でもまぁそこそこ真剣に怒られて、怒られたからキッチンを避けていたところがあったのだが、もう別に構わないというならそれを教えてほしかった、と眉をひそめる。
「……教えなくていいの?」
「教えてください! お願いします!」
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