トレーナー兼工場長
ウマ娘達が集う育成学校、トレセン学園にてある一人の男が理事長の元へ呼び出されていた。その格好はくたびれたロングコート、汚れたシャツに歪んだハット、極め付けにサングラスと不審者としか言いようがない格好だった。いや、正確には右手に担がれた巨大な鉄鎚のお陰で不審者のラインは大幅に超えていることだろう。
当然、この学園の雰囲気に合っているはずもなく、その様は数多の生徒の視線を釘付けにしていた。だが、男にとってはこれが当たり前なのだろう。彼女らの視線を全く気に留めることなく、理事長の元まで向かって行った。
男は理事長のいる部屋のドアを乱雑に開け放つと、さも当然のように来客用のソファーへ深く座り込んだ。
無礼極まりないこの行為。しかし、彼を知っている者にとっては気にする事はない些細な事らしく、動揺する事なく彼と会話を始める。
「歓迎! よく来てくれた、ハイゼンベルク!」
「歓迎……ねえ、全くされてなかった気がするけどな」
ハイゼンベルクと呼ばれた彼は鉄槌を床へ置き、不満そうに未だ開きっぱなしのドアを見やる。
案の定、覗き見をしている者がそこに沢山見受けられた。理事長はただ一言"たづな"と声を掛けると、ドアは一人の女性によって無情にも閉ざされる。
「はぁ……どう考えてもその格好のせいでしょう」
たづなと呼ばれた女性はため息混じりに、注目を浴びている原因を指摘する。
「うむ、間違いない。ハイゼンベルクよ、もう少し……その、マシな服装はなかったのか?」
「あん? オイルまみれの服装よりか大分マシだとは思うんだがな」
「理事長……服装もそうですが、その大きい荷物のせいでしょう……間違いなく」
たづなはハイゼンベルクが持ってきた鉄鎚を指差しそう言った。だが、肝心の彼は反省する様子もなく、ヘッヘッヘと笑いながらこう言った。
「悪いな、昔からの癖みてえなモンでな」
「ゴホンッ! とりあえずは本題に入ろう。ハイゼンベルク、君をここに呼んだのは頼みがあるからだ!」
「頼みだって? また見た目を何とかしろってヤツか? 良い加減理解してくれよ。俺ん所のブツは見た目と性能は反比例するって事をよ」
「否! その理屈は理解できん! そもそも、何故性能を取ると見てくれがああなるのだ!?」
トレーニングルームの一番端。目立たないところにポツンと置かれたボロボロな見た目のランニングマシン。それが、理事長が初めて買ったハイゼン印の性能特化の商品だ。
残念ながら、その見た目は学園の雰囲気など知った事ではないと言い張っている。
今、彼女の脳裏にはそのボロボロのマシンが凄まじい速度を出している光景が浮かび上がっている事だろう。
「そんな事言われてもよ、そっちが先に言ってきたんだぜ? ウマ娘の運用に耐え、なおかつレベルの高いブツが欲しいってよ。そもそも、その条件はちゃんと満たしてるじゃねえか」
「だが! ランニングマシーンで時速200km出せるようにしろとは一言も言っておらん!」
「レベルが高いってそういう事じゃねえのか?」
「否! 性能と見た目、そのどちらもバランス良く整った物をレベルが高いと呼ぶのだ!」
理事長は立ち上がり、ハッキリとそう言い放った。その様子に、"初めからそう言えよ"と言いたい彼だったが、これ以上面倒になるのは避けたいという事で渋々言葉を胸の中へと仕舞い込んだ。
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