ハーメルン
日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~
それは輝く星のように ―ある提督のプロローグ―

すべての男女は星である。
――アレイスター・クロウリー


爆炎と砲火、立ち込めるは血と死の臭い。
それを前に浮かべる笑顔は、およそヒトとは思えなくて。
――だからきっと。


衝撃が、艦に突き刺さる。
轟音が遅れてやってきて、他のあらゆる音を掻き消した。
身を焼く熱は、砲火の爆炎だけではあるまい。
このフリゲート艦そのものが燃えている。
想念工学により建造された、2045年の人類技術の象徴は、今や単なる残骸と化していた。

「ああ、……これはダメかもなぁ」

人類の持つ想念兵装では、深海棲艦たちの装甲をまともに撃ち抜くに至らない。
単純に、内包する想念力が桁違いすぎるのだ。
駆逐イ級と名付けられた最下層の個体を撃破するのに、一個艦隊による飽和攻撃が必要だ。

今乗っているのは、フリゲート艦ただ1隻で……。
それを襲っていたのは、イ級が2隻。
いまや絶望は世界にありふれていて、取り立てて騒ぐほどの光景でも無かったが、

「自分が経験するのは、さすがになぁ」

艦の行き足は完全に止まり、艦首部分が丸ごと消失して夜空が覗いている。
濃密なる死の気配。生存者がいるかも分からない。
いたとしても、果たしてこの状況の生に意味はあるか。

「日本まで、あと少しなんだがなぁ……」

別に死ぬなら祖国で、などという話ではない。
帰国すると決めた、その意志を完遂できないことが、悔しい。
そう思う一方で、ダメなら仕方ないとあっさり諦念する自分がいる。
こればかりは性分だ。可能性がある内は足掻くが、奇跡でも起きなければ助からない状況は、ただ受け入れるしか無い。

歯噛みする私の前で、魚類の顔に似たイ級の艦首が、醜悪な笑みを浮かべた。
口腔内から覗いた5inch単装砲がこちらを向いて、

――横薙ぎに飛来した別の砲弾が、その身を跡形なく吹き飛ばした。

「……!?」

何が起きた?
混乱する頭を他所に、身体が勝手に動く。
崩れる残骸を潜り抜け、燃え盛る炎を突っ切り、甲板へと続く扉を蹴り開ける。
奇跡が起きたのだ、なら足掻く価値がある!

爆風の残り香が、微風に混ざって鼻を突く。
暗天には星々が瞬き、燃え盛る炎と共に夜闇を照らす。

その光の中で、一人の少女が立っている。
オレンジ色のセーラー服に似た衣装に身を包み、サイドテールの黒髪が熱風に揺れる。
両腕に砲、足には魚雷を模した装備を身に付け、さらに右腕には軍艦の艦橋を模したような構造物。

残されたイ級の1隻が、少女に向けて5inch単装砲を放つ。
少女は滑るような動きで、躊躇なく海面に飛び降りた。
沈むことなく海面に降り立った少女は、そのまま流れるような動きで砲弾をかわすと、足に付けていた魚雷のような装備をイ級に放つ。
真っ直ぐに海面を奔ったその魚雷は、吸い込まれるようにイ級に突き刺さり……
そして、いともあっさりその身を爆散させた。

その一連の光景に、何ができるでもなく。
ただ見るしかできずにいた私に向かい、不意に少女が振り返った。

平然と、笑っていた。
この異様で凄惨な、誰もが言葉を失うような状況下で。

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