ハーメルン
日下部鎮守府の物語 ~工学者だったけど艦娘に恋したので、提督になりました~
そういうもの 2
愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。
―― アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
獣のような笑い声を上げながら、私は彼女に拳を振るう。
彼女はじっと黙って、その仕打ちに耐えている。
そのまま指の一本を掴んで無理やり立ち上がらせると、……。
――さすがに、これは夢だ。
あの時、別にこんなことはしていない。
だが、夢だからこそ目の前の「私」は止まらない。
鋏。針。赤く焼けた鉄ゴテ。うん、実にリアリティが無いな。
だがそんな三流スプラッターのような夢は、いつまでも止まることなく、私自身の意志を無視していつまでも続き……。
「司令官……さん……」
彼女の顔が羽黒の顔に変わった瞬間、私は自分の悲鳴で飛び起きた。
艦娘は人間に絶対服従の存在などではない。
彼女たちがその気になれば、身体能力だけで並の人間は圧倒できるし、艤装を使えば、鎮守府を制圧するのはいとも容易いだろう。
彼女たちがそれをしないのは、単に本能的に人間に好意を抱くように地球意志から「設定」されているからに過ぎない。
そして当たり前だが、好意とは特定の人間の命令に、絶対服従することなどではない。
提督ならば、皆そんなことは理解している。
そもそも人類の状況はあまりに逼迫してて、艦娘を使って我欲を満たしているような場合ではない。
それを理解できない提督は、早々に大本営と艦娘自身によって排除された。
だからもちろん、私にも羽黒をどうこうしようというつもりなど、さらさらない。
そういう願望が無いと言えば嘘になるが、妄想と現実の区別を付けるくらいの分別はあるつもりだ。
だが、わかっていても。
……さすがにあの夢は、堪えた。
「提督、以上が本日の報告です」
きりっとした真面目な顔で、川内が本日の出撃記録を報告してくる。
「うん、書面も確認した。お疲れ様、今日はもう終わりでいいよ」
「やったー! お疲れ様ー!」
一瞬にしてテンションが静から動に切り替わる。
こういうところのギャップは、見ていて実に可愛いな。
「今日も夜戦訓練に出るのか? なら許可は出すけど、駆逐艦連れてくのは本人の同意を得てからにしとけよ」
「ううん、今日はいいや」
意外なことを言ったかと思うと、川内はこちらに近付いてくる。
「……お?」
そして、ぴとっと身を寄せてきた。
「提督、今日は一緒に寝よ?」
「それは……」
川内は少しだけ息を呑み込むと、意を決したように、
「提督が、はっきり言わないと伝わらない人だっていうのは、もうわかってるから。
だから、はっきり言うね。
……提督、あたしを好きになってくれてありがとう。あたしも、提督が好きだよ」
心臓が、止まるかと思った。
「お前にはあの一件で、嫌われたかと思ってたんだけど……」
「でも、あの後はきちんとあたし自身を見てくれてたでしょ。それはちゃんとわかったよ。
だから、あたしも提督の気持ちに応えたいって思ったの」
夜戦を楽しむ時の満面の笑顔とは違う。
透き通る夜風のような、爽やかな笑み。
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