ハーメルン
椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母ノ帖>
一.結と縫

「どうした……それで終わる気か?」

 朝から続けるよう言われた素振りは夕方になっても終わらなかった。
 倒れた勝母の腕と足には、小石の入った袋が二つずつ括りつけられ、背にはまるで一升餅を背負うがごとく、漬物石が三つ入った袋ががっちりと紐でくくりつけられてあった。
 その状態で、延々と素振りをさせられていた。

 この時、五百旗頭(いおきべ)勝母(かつも)、八歳―――――。

 叔母の花鹿(かじか)(ぬい)は音もなく近寄ってくると、グイと勝母の髪を掴んで無理やりに顔を上に向かせる。

「誰が終わっていいと言った? さっさと立て」

 低く、冷たい声に肉親としての優しさは微塵もなかった。

 祖母が言っていた。
 勝母が赤子の頃、この叔母が抱っこすると、どんなにすやすやと眠っていても大泣きしていた…と。
 おそらく、はっきりと自我が生まれる以前から、この叔母の自分に対する冷たさを感じ取っていたのだろう。

 朦朧としながら勝母はそんなことを考えていたが、縫は勝母が睨んできたと感じたらしい。
 掴んだ髪ごと、頭を床に叩きつけると、立ち上がって、その頭を踏みつけてきた。
 裸足だが、修練を積んだ叔母の足は岩のように固かった。
 ギリギリと、床にめり込ませようとばかりに、勝母の頭を踏み捻じる。

「師匠を睨みつけるとは、あるまじき弟子だな。え? お前は誰に教わっているのだ? 答えろ。誰だ、お前の育手は!?」
「………叔母…上…です」
「師匠であり、叔母に対してする目か!」

 縫は勝母の腹を憎々しげに蹴りつけた。
 道場の隅まで吹っ飛んだ勝母は、壁に背中をしたたかに打った後、ベタンと落ちた。

 口から黄色い胃液が泡となって出た。苦さと臭気に勝母は顔を顰める。
 嘔吐感はあるが、何も出てこないのは朝に握り飯を一つ食べただけだからだ。

「おやめ下さい!」

 一方的な叔母の虐待を止めたのは、祖母の代からこの屋敷で働く女中頭の志摩(しま)だった。早足に駆けてきて勝母を助け起こす。
 縫は暗い目で、下から睨めつけるように志摩を見た。

「どけ、志摩。修練中ぞ。邪魔するなと、言うておるだろう?」
「こんなものは修練と申しません! ただの暴力です」
「黙れ! この程度でどうにかなる子供か? そやつは特別な体質を持っていると、貴様も褒めそやしていたろうが!」
「たとえ、勝母様が人並み外れて丈夫で力持ちであったとしても、傷つけていいというものではない!」
「どけ!」
「駄目です!!」

 勝母は縫と志摩の言い争いを途中から聞いてなかった。

 痛い。踏まれた頭も、蹴りつけられた腹も、打った背中も痛い。

[1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/5

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析