五.恩讐の先
勝母十一歳の時、縫はとうとう十二鬼月を討った。
病弱ながらも、これまでの実績からいえば、十分に柱としての要件は備わっていた。
だが、縫が柱になることはなかった。
「叔母上、お早うございます。具合は……」
入ってくるなり、枕が目の前に飛んでくるのを、勝母は掴み取ると、ゆっくりと縫の側に歩いていって、布団の上にその枕を置いた。
縫は勝母が隣にいるのを感じ取って、ブンと手を振り上げたが、それは勝母の肩をかすめただけだった。
「叔母上……また、血が上ったら、目が痛くなるのではないのですか?」
勝母が静かに尋ねると、縫は唇を噛み締め、瞳に爪をたてる。
二ヶ月前、縫はとうとう下弦の鬼を成敗した。
だが、その戦闘で縫は両目の視力を失った。
ようやく柱として、祖母と同じ位置にまで行けると思った縫の歓びは奈落へ叩き落された。
戦闘後、隠が縫を救出した時、縫の目からは大量の血が流れ、瞼は赤く腫れ上がっていたらしい。
その後、腫れがひいてようやく目を開くことが出来た時、目は薄紅色となって、中心で血豆のようになった瞳孔は動かなくなっていた。
その目に何も映らず、光を感じることもない。
縫は自分が失明したと理解した時、絶叫した。
いつまでもいつまでも絶叫を繰り返し、床にも壁にも頭を打ち付け、見えぬままに動き回って、縁側から転び落ちて足を捻挫し、跛を引きながらも、庭の中を獣のような咆哮を上げて歩き回った。
手に負えぬ…と勝母は縫の鳩尾に掌底を叩き込んで気を失わせた。
初めて叔母に向かって手を出したのだが、倒れ込んだ縫があまりにも身軽であったので、どうにも自分の気持ちを持て余した。
この程度であれば、いつでもやり込めたのだろうが…今となっては耐えた自分を褒めるべきか、馬鹿正直と嘲笑うべきか…。
はっきりと鬼殺隊の除隊を申し出ることはなかったが、縫に任務が与えられることはもうなかった。
両目の失明と精神錯乱の気があることを、志摩が達の弟子を通じて本部へと報告したからだ。
もはや自分に隊士としての価値が一分もないことがわかると、縫の卑屈さは傲慢なまでに膨れ上がった。
勝母が縫の前に姿を見せる度に、髪を振り乱し、憑き物おろしの巫女のように、憎悪のまま支離滅裂なことを口走った。
「勝母! 貴様は…いずれ死ぬのだ。殺されるのだ。自らの父の手にかかって……母や弟と同じように殺されて……喰われる。ケッ、ケケッ! そうだ! そうだ! 喰われてしまえ!! お前なぞ、喰われてしまうがいい!!」
「お前は鬼の娘だ。お前の父は鬼となったのだからな…父の業を背負って、鬼殺隊に入って…せいぜい白眼視されるがいい!!」
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/7
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク