scene.8 感情
上地という胡散臭いプロデューサーの車に乗せられてから1時間。俺は“撮影現場”、もとい都内近郊のとある廃校に向かっていた。
「いやーね、本来だったら別の子が出る予定だったんだけど昨日になって体調を崩しちゃったらしくてさ。本人は出たがってたんだけどこっちとしても病人をCMに出させる訳にはいかないじゃん。まぁ、彼はドンマイってことで君に白羽の矢を立てたわけだよ」
本来出演するはずの役者のことなど気にも留めず、まるで他人事のように意気揚々と話している上地を見ていると、出演するはず役者に対して申し訳ないような気分になってくる。
「なんか罪悪感がありますね。こんな形で役を奪うのは」
「別に夕野くんが彼のことを気にする必要は全くないよ。目の前のチャンスを掴めたか掴み損ねたかっていうだけの話だからね。寧ろ君はこの状況に感謝するべきだよ。“こんな僕に身を挺してまで千載一遇のチャンスを与えてくれてありがとう”ってね」
飄々とした口調で夢のある話を持ち掛けてやる気にさせたかと思ったら、急に芸能界という世界の現実を叩きつけるかのような非情なことを平然と笑いながら言い放つ。
「なんちゃって。流石に言い過ぎだねこれは」
「ほんとっすよ」
かと思ったら今までの話がまるでジョークだったかのような振る舞い始めるプロデューサーの大男。話をすればするほど、彼の本心が分からなくなっていく。
「でも夕野くんが申し訳なく思う気持ちも分かるよ。そもそも最初からそんな風に思っているような連中は役者としてまず大成しないからね」
「・・・さっきから何を言っているんですか?」
「ん?何?嫌になっちゃった?うん、そりゃそうだよね。いきなり知らない男に車に乗せられて、どこの現場かも分からねえ所にいきなり連れていかれるんだからさ。分かるよ、夕野くん」
「まだ何も言ってねぇだろうが・・・」
消え入るくらいの声量で愚痴をこぼす憬。上地という男がどういう意図で俺をこうしてスカウトしたのかは分からないが、少なくともこの男は一般常識からはかなりズレた感性を持っているということだけは分かる。
「俺は嫌だと一言も言ってないし、思ってもいない」
流石に弄ばれているように感じてきた憬は、感情的になって敬語を使うことを忘れて上地に言い放つ。その姿勢を見た上地は、“そう来なくっちゃ”と言わんばかりにほくそ笑む。
「そうだったね。だからここにいるんだよね君は」
「あぁ・・・せっかく転がってきたチャンス。これを棒に振ったら、“相手”に失礼だ」
「なんだ分かっているじゃないか。そう、チャンスを逃した彼の分まで本気で演るんだ。このCMを夕野憬という新人にやらせて大正解だったと周りの大人たちに思わせるために」
「・・・そう言えば、何で俺がスターズでオーディションを受けたことを知ってんの?」
不意に思い出したかのように憬が問いかけると、と上地は意味深な笑みを浮かべた。
「それは企業秘密だから詳しくは言えないね。まぁざっくり話すと、こういうありえないことが常日頃で巻き起こっているのが、“芸能界”だよ」
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