深海棲艦とは
その日の夕食は春雨の歓迎会ということで少し豪勢な食事が用意された。とは言っても、この施設は説明した通り、『陸』からかなり離れたところにあるということもあって、食糧は自給自足。基本的には魚と野菜でどうにかしている。
それでも歓迎会を開くくらいのことは出来るようで、食卓の真ん中には飛行場姫が捌いたという魚の刺身がズラリと並び、自家製の野菜で作られたサラダや焼き物が全員分用意されるという手の入れよう。特に刺身は一流の職人が捌いたのではと思える程の腕前。
「す、すごい……私、こんなお刺身見たの初めてです」
「今日はアンタの歓迎会だもの。たまたまヨナが獲ってきた大物があったし、こういう機会でしか出せそうに無かったからやってみたのよ。鮪包丁で解体するのも面白いものね」
ケロッと言ってのけるが、こんなことが出来る深海棲艦は他にはいないだろう。春雨のみならず、中間棲姫を除くここにいる者全員の意見が一致した瞬間である。何者なのだこのヒトはと。
「今日だけは特別で明日からは質素になるわよ。だから今はたらふく食べなさい。アンタは明日からいろいろやってもらうんだから」
「農作業とか、釣りとかですよね。了解です。教えてもらうところからになりますけど、全身全霊でやらせてもらいます」
「そんなに気合入れ過ぎなくてもいいわよ。続かなくなるわ。あくまでも楽しんでちょうだい」
案内中に見た農作業も、松竹姉妹は好きでやっているという点に尽きる。いやいややっているわけではない。今日は日向ぼっこをしていたが、薄雲とジェーナスも楽しいからという理由で施設内の掃除を定期的にやっているらしい。勿論農作業や釣りもやりたい時に手伝うと言った感じ。
春雨にもやりたい時にやりたいように手伝ってくれと話す。頑張りすぎたら潰れてしまうのだから、その楽しさに気付いて率先してやってくれればいいと、飛行場姫は念を押した。そこはやはり、壊れた心に対しての優しさが含まれていた。
などと話していたところで、全ての準備を終えた中間棲姫もダイニングへ。農作業時のジャージ姿しか知らなかった春雨には、今のドレス姿はとても煌びやかに見えた。
「さぁさぁ、今日の主役はしっかり食べてちょうだいねぇ」
「ここまでしていただいて……ありがとうございます」
「どういたしましてぇ」
この歓迎会を経て、案内の時に軽く挨拶しただけだった面々とも仲良くなっていく春雨。この施設にギスギスしたところは1つも無いし、むしろ全員が仲がいいのが売りである。仲間意識は凄まじく、誰がどのような状況でも嫌な感覚は何処にも無い。
これならここでやっていけると、春雨も笑顔を絶やさなかった。これからの居場所として受け入れられていることがヒシヒシと伝わってきたからこそ、春雨からもここの住人であるという事実を受け入れることが出来た。
食事の後はお風呂に入って後は寝るだけでの時間。春雨、薄雲、ジェーナスの3人はベッドルームへ。3人は今後一緒に眠るということが事前に決められており、全ての事情を知っている面々からは否定すらされずにそうすればいいとほぼ二つ返事。
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