霧雨の巫女
―霧雨の巫女―
手を伸ばしても、届かない場所に行ってしまった。
霊夢が死んでから三日が経った。誰のせいでもない。完全な事故死だった。その瞬間を、霊夢にまつわるすべての人妖が悟ったという。怒りがあった。悲しみもあっただろう。しかしもう、何もかもは終わった事だ。私がそれを感じた時も、信じられなかった。…信じざるを得なかった。
紫と隠岐奈、そして顔も見た事のない賢者達が、新たな博麗の巫女を選定中だそうだ。僅かなこの間だけ、巫女の席は空いている。私は目的もなく、神社をふらついていた。涙などとうに枯れた。あいつのいない縁側。あいつのいない境内。あいつのいない、賽銭箱の前。
賽銭箱からガタガタ、と音がした。風か、動物か、それとも――あいつか。今にも出てきそうだと思いはした。していた。今はもう、それを信じ込むだけの希望もなかった。空の賽銭箱に、十円玉を入れた。あいつへの手向けのつもりだった。私は己が目標を、完全に見失っていた。
その時だ。紫が姿を現したのは。「――よう、紫。話は順調かよ」紫は上半身をスキマに預け、如何にも怠惰に浮かんでいる。「その事で話があって来たのよ」「あー?」私に何か用があるのだろうか。「選定の結果、次代の博麗の巫女は、あなたに決まったわ」「…何だって?」
「――何かの冗談だろ?」紫は何も答えなかった。「必要な事はすべて覚えてもらうわ。…いえ、覚えさせてあげる」紫の言葉には含みがあった。「あなたを白紙に戻して、それを書き込むだけ。あなたは何もしなくていい」紫の言葉の意味はよくわからなかったが、それはつまり。
「それって、私が私でなくなっちまうって事だろ…?」紫はやはり、何も答えなかった。「冗談じゃないぜ! そんなの絶対、お断りだ!」私はその場から歩き去ろうとした。…できなかった。私の足を、スキマから伸びた手がガッチリと掴んでいた。足だけじゃない。腕を、肩を。
「おい、冗談だろ――マジにマジなのかよ!?」私の危機感は最大限に達していた。紫の顔はいつもと何ら変わらない。如何にも怠惰に身体を預けている。これが、眉一つ動かさないって奴か。今まで私達と付き合ってたのも、所詮はその程度の話だったのかよ、紫!!
「苦痛はないわ。あったとしても、あなたはすべてを忘れてしまう」足元にスキマが開こうとしていた。私は必死に抵抗するが、駄目だ。手足を使わずにできる限りの魔法を放ったが、そいつはスキマに消えた。これ以上、どうしようもなかった。目を瞑るしか、身を守れなかった。
「さようなら、霧雨魔理沙」私がスキマに消える直前、紫の声が聞こえた気がする。――そんな事はもう、どうでもいいのかもしれない。私の頭上で、スキマが閉じた。真っ暗な場所で、私は私自身が賽の目に刻まれるような感覚を覚えた。痛みはなかった。有難いとは、思わなかった。
すべてが白紙に戻る。均等に刻まれ、並べ直される。――そう、すべてが。
◇◆◇◆◇◆
「――仕方がなかった、で済ませられはしないわ。けれど、時には私情を殺さなければならない時もある」聞くものはない。傲慢な、ひとりごとだ。誰にも伝わらない言葉に、或いは意味など見出せないのかもしれない。けれど、私はそれを言葉にした。言い聞かさねば、ならなかった。
「八雲の」隠岐奈が私の肩を叩いた。「入れ込めば、こうなる」あなたも少しばかり、センチメンタルな気分になっていたようね。「いっそ、あいつらを拾い上げてしてやるべきだったのかもしれないな」「――それこそ、終わった事よ」腕が肩に回る。私は拒まなかった。
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