乞いの新聞
―乞いの新聞―
「暑い」太陽にぼやいた。勿論返事はない。初夏というのは真夏の言い間違いだったに違いない。お年寄りは軟弱者めと説くけれど、今時根性論なんて流行らない。暑ければ茹だる。それは自然の摂理だ。それに人間が逆らおうなんて、おこがましいと思わんかね。
「アイスクリーム、かき氷、みつまめ、メロンジュース…」何を言っているのかって? 口から出るものは仕方がない。何でも里では氷が簡単に手に入るようになったとかで、随分涼しい思いをしているらしいじゃないか。ついでにこっちにも届けてほしいものだ。
「――なるほど。暑いければここで一つ、頭の冷めるような――失敬、覚めるような記事をお手に取ってください」
不意に飛来した物体。畳まれたなにか。それはささやかな風に乗って、郵便受けに叩き込まれた。この程度の風でも、確かに涼しく、ありがたいけどね。新聞はどうでもいいから、扇風機代わりに吹き続けてくれないかしら。「ごきげんうるわしゅう、博麗の巫女」今ムカついてきた所よ。
郵便受け――アイツが境内や階段、或いは部屋の中までゴミを散らすので、仕方なく設置したのだ。まあ、他に荷物が来るあてもないし、目一杯になるまで引き出す事はないのだけれど。焚き付けの自動配布と考えれば、まあ悪くはない。ついでに金券でも入れておいてくれれば、なお良いのだけれど。
「そんな所に立たない」投手は鳥居の上に立っていた。一本足で。見下ろすように。「あやや、これは失敬」当然のようにどこうとはしない。心にもない事を言うなら、最初から謝る――コイツの場合、謝ってすらいなくない?――必要なんてないのに。馬鹿らしくなって掃除を再開する。箒がしなる。
「社会の木鐸、読んでいただけましたかな?」やかましい。アンタのそれが木鐸なら、世の中煩くて構わないわよ。「なに、読んでいただかなくても結構。情報は水物。今日の無関心は明日の興心。次から熟読していただければ構いませんとも!」失礼の権化が、大仰に腕を開いて見せる。
その顔は影になってよく見えないけれど、どうせ下品な笑みを浮かべているに違いない。「それで? チリ紙配達が終わったのなら、さっさと帰りなさいよ。私は忙しいの」嘘でも本当でもない。掃除なんてしなくてもいいし、するなら徹底的にやる。やるならやらねば。やらずばやろう。今日のうち。
いつも綺麗にしていても、どうせ妖怪くらいしか来ないし、しかして妖怪は来る。だらしないと思われるのは癪に障る。「そう邪険に致しますな。今日はちょいと所用があるのです」いつの間にか手元に、カメラ。それをアイツは振って見せた。そういえば、肩口からゴミ袋とは別の鞄を下げていた。
「一枚撮らせていただきたい。やや、お気に召すなら何枚でも!」カメラを覗いてみせるアイツの顔は、相変わらず伺えない。あのオモチャは確か、太陽を背にした方が、映りが良いのだっけ。まあ、映る気はこれっぽっちもないけれど。目を合わせるのもばからしい。さあ、掃除掃除。
「目線を頂戴」嫌よ。魂が引かれるなんて迷信を信じるより先に、こいつに顔を与えたら、何に使われるかわかったもんじゃない。憮然とする私の背後に、少しばかりの風が動いた。「ねえ、いいじゃないですか。減るもんじゃなし」減るわよ。貴重な時間とか。私の自尊心とか。
「魔理沙さんは、快く取らせて頂けましたがねェ」びくり。緊張が伝わっていなければいいけれど。…いや、伝わったな。これは。振り向いた先に、いやらしいニヤニヤ笑いが値踏みするような視線を投げかけていたから。「…何よ」「何でございましょうなァ」…コイツ、反応を愉しんでいるな。
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