なみだ鬼
―なみだ鬼―
なあ、聞いておくれよ。こんな奴の話でもさ。
どうも、妖怪神社です。…違わい。私からすればまったくの不本意ながら、新たにどうしようもない奴が住み着いた。日がな宴会を開かせていた原因は、今やすっかり大人しく…なってはいなかった。終いには家賃を取るぞ。
「酔っ払いが転がっている神社なんて最悪だわ」「なーに、私一人でも大宴会だぞ…うぃーっ」規模の問題じゃない。そもそもどうあったって一人じゃないか。如何にもあほらしくなって、掃除を再開する。そいつは小さく分裂して、箒に掃かれてみせる。「ウワーッ」何が楽しいのだろうか。
「なあ、霊夢~」酒瓶を抱えたまま。萃香が管をまいた。こちとら昼間から酒を飲める身分じゃないわよ。「おまぇ、好きな子とか、いんのかよぉ~?」別に。そういうのは考えた事もない。強いて言えば――いないわね。実際。誰も寄せ付けていない自覚は、ある。治そうとも思わないけれど。
「じゃぁさぁ、私といっちょ付き合えよぉ~? なぁ~?」「嫌よ」絡み酒は、ばっさり切り捨てるに限る。酔っぱらいの戯言に、真実などない。その後は何やらグダグダと一人で喋っていたが、直に静かになった。顔を見れば、なるほど眠り込んでいる。こいつはいつもこうだ。
「何でこんなのと縁があるのかしらねぇ」漫画みたいに鼻提灯を膨らませるその顔を、横目で見た。こいつの素面は見た事がない。いつも瓢箪、それとも何処からか調達した酒を飲んでいる。飲み続けている。ザルにも程がある。もし酒を抜いたらどうなるのか。少しだけ興味があった。少しだけ。
――夜になると、こいつはますます酒が進む。その頃には私も酒を開けるが、隣では飲まない事にしていた。まあどうせ、向こうから来るのだけれど。「なあ霊夢ぅ、美味いか~?」あんたがいなけりゃ美味いんだけどね。「…なあ、なあ、霊夢は私の事、好きか~?」にへへと笑い、顔が近付く。
「嫌い」
どうせいつもの軽口だと思って、適当に返事をした。…どうしたのだろう。萃香は突然、押し黙ってしまった。赤ら顔から色が消える。まるで酒が、一瞬で飛んでしまったかのように。そういう反応を返されると思わなかった私も、黙ってしまった。手元の酒を、口に運ぶのも忘れて。
「…これ、飲んでいいぞ」そう呟くと、萃香は酒瓶を押し付けてきた。如何にも高そうな銘だ。くれるというなら、貰うけど。「どうしたの、あんた」萃香は首を振った。「なんでもないよ。なんでもない」「そう」それ以上詮索する気も、必要もなかった。口に運ぶ。少しだけ、辛かった。
それから数日は、あいつの姿を見なかった。いないならいないでせいせいする。そう思った。思ったのだが。…何故だろう、神社は少しばかり、静かになり過ぎてしまったようだ。境内を見ても、あいつはいない。賽銭箱の上にも。屋根にも。部屋の中にも、何処にもいない。
或いは空いてしまったのは、私自身なのかもしれない。影に転がった酒瓶を見つけて、拾った。銘は――「純愛」。私はそれを置き、じっと眺めた。あいつの残滓が、残っているような気がした。しただけだ。もう、あいつはいないのだから。ゴミ置き場に置かれたそれは、何処か寂しげだった。
◇◆◇◆◇◆
憎き葉っぱとの終わりのないディフェンスを続けていると、耳が何かの声を拾った。風の音より弱々しい、声。…神社の角から、声がする。ふと目を向けると、あいつの角だけが見えた。「…酒を抜いてきたんだ」「酒を?」トチ狂って禁酒でも決意したのか。狂った小鬼はそっと、陰から姿を現した。
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