試着室はエッチなことをするところじゃありません
「結論を言うと、なぜ山本さんと付き合うことになったのかはわからない、と」
俺は鈴原と和食屋に入って事の成り行きを聞いていた。
鈴原は進級した直後に山本さんと話す機会があり、そこで思い切って二次元の魅力を語ったところ、山本さんが興味を持ってくれたのだという。
それから二人はこっそりと話す機会が増え、デートをするようになると、気づけば交際に発展していたのだとか。
「にしても、山本さんはお前のことあんまり好きじゃなさそうだな」
「そ、そんなことあるか! 妬みでいい加減なこと言うなよな」
鈴原は怒った。
たが、威勢が良かったのは最初だけで。
あとは水を飲んでから、口を噤んでしまう。
「妬んでるわけじゃなくてさ。この前、高波と四人で帰った時とか、何も感じなかったのか?」
少なくとも俺には、山本さんから鈴原への好意は感じられない。
鈴原の昔の好きな人を聞いたり、俺の今の好きな人を聞いたり、物理的に避けようとしたり、顔をひきつらせたり。
どう考えたって、別れたがっている証拠だろ。
「……たしかに、最近は少し、話す機会が減ってきたけど。でも、俺は奏のために時間も金も全部使ってるし、他の女の子との連絡も一切取るつもりはないし、勉強だって奏に追いつけるように頑張ってるし。デートの時だって、荷物も持つし、疲れないように気は使ってるし、ご飯代全部払ってるし、絆創膏とか日焼け止めとか色々持ち歩いてるし。なんなら、これからバイトの掛け持ちも増やしてもっと楽をさせてやりたい」
「怖えわ」
大切にしたいってのはわかるけど。
さすがにそれがやりすぎなことくらい俺にだってわかる。
「なんだよ。俺が奏と上手くいってないこと前提で話しやがって。言っておくけどな、俺たちにはしっかりとした愛の営みだってあるんだぜ」
「おまっ。そういう、生々しい話はな……」
「お? 童貞のお前には刺激が強すぎるか? 奏のためにかなりマイルドに表現したつもりなんだけど。今のうちに慣れといた方がいいぜ。女とのセックスなんて、下ネタから始まるからな」
ニヤニヤと箸でカツの衣を突く鈴原。
さすがにこいつに卒業の遅れを取った上に、相手があの山本さんとなると悔しさもひとしおだ。
「お前がやってんのか……」
「ああ、やってる。ま、奏の体が気持ちよすぎて、今でもほとんど保たないのがツラいとこだが」
「ふーん。そうなのか」
「って言っても、別に俺が早漏ってわけじゃないからな。奏が付き合ってきた男もみんなそうだったって言ってたし。奏がすごすぎるんだよ」
下ネタを語り始めてから、鈴原のやつは饒舌だった。
俺に対する優越感に浸りたかったというのもあっただろうが、散々否定された分の不安を拭い去りたくて口にしてる感じだった。
「とにかく、俺は人生を奏に捧げるって決めてるから。どんなこと言われたって奏の願いなら叶えてみせる。そういう男になるんだ」
気がないのはわかってても諦められないと。
初めての恋人で、なおかつそれが美少女ともなれば、誰でもそうなるか。
なんにしても食欲の失せる話だ。
俺はさっさと生姜焼き定食を平らげて、鈴原に早く店を出るよう催促した。
俺は本来なら、今頃美優と二人でご飯を食べていたはずなんだ。
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