加賀と五分間
なぜアルヌスに炎龍が現れたのか。その問いに答えるのはいとも簡単だった。
アルヌスに向かう人の往来が急激に増えすぎたのである。
炎龍は餌場を探して各地を飛び回っていた。加賀が小耳に挟んだ噂通り、炎龍はフォルマル伯爵領まで接近していた。
あとは行列を成した蟻の巣を見つけるが如し。職人、行商人、傭兵が列をなして訪れている場所を、たまたま炎龍が嗅ぎつけた。
それだけの話である。そして、それが全てゆえに移動災厄とも恐れられる炎龍が平和なアルヌスを地獄へと変えた。
加賀は炎龍から距離を取るように走りながら、零式艦戦52型を発艦させる。瞬時に実機サイズにして炎龍へと機首を向けさせる。
20mm機銃弾は大して効果がない。それとわかっていながらも、目に向けて牽制射撃すれば少しは怯んでくれる。加賀はそう読んで六機の零戦を炎龍に張り付かせた。
炎龍は暴れ回っている。尻尾で家屋を倒壊させ、ブレスで倒壊した家屋諸共あたりを焼き尽くしている。
逃げ遅れた人が巻き込まれている。すでに犠牲者は大勢出ている。
加賀は振り返り、99艦爆を発艦させた。三機が連なって上空へと駆け抜ける。高高度で水平飛行になり、爆撃開始の合図を待つ。
加賀はまだ指示しなかった。今爆撃を開始したら逃げ惑う人も巻き込んでしまう。
「早く! 炎龍から離れて! 逃げて!!」
張り裂けんばかりの声で避難誘導をする。傷を負いながらも這うようにして人々が逃げていく。
酒場から転げ回りながら逃げてきた顔見知りの傭兵が加賀に叫ぶ。
「加賀の嬢ちゃんは! 逃げねぇとやられちまう!」
「私は戦います。動ける人は怪我をした人を担いででも逃げてください」
「無茶だ! 炎龍になんか敵いっこねぇ!」
「それでもやらなきゃ死人が増えるだけなんです!」
加賀は再び99艦爆を発艦させた。いつでも爆撃できる態勢の艦載機がこれで六機になる。
六発。当たるかどうかはわからない。ロチの丘では当たらなかった。
ただ幸いなことにこの場所は街の中である。炎龍も倒壊した家屋に動きが制限されている。これなら当たるかもしれないと、一縷の望みに賭けるしかない。
人がはけた。生きている人で、動ける人間はもうあらかた避難できたようである。
機銃攻撃を目に向けられて、激しく暴れ回る炎龍を睨みつけながら、加賀は通信機に命令した。
「爆撃を開始してください!」
上空を飛んでいた艦爆が一斉に翻る。急降下爆撃。レシプロ機のエンジン音が連なって上空から聞こえてくる。ダイブブレーキを効かせて狙いを定めながら降りてきた六機は、次々に爆弾を投下していった。
立て続けに六発。250kgの爆弾が炎龍目掛けて飛来する。直後に空気を張り裂きながら爆風が走る。当たったか、それとも外れたか。
連続した6回の爆発音と炸薬の煙。炎龍のブレスで燃やされた家屋から登る黒煙で辺りは一気に視界が悪くなった。
直後、風が吹き荒れた。炎龍が羽ばたいた。あたりに立ち込めていた黒煙や砂煙が一気に晴れる。爆弾は————。
「有効弾なし。次発攻撃用意!」
加賀は炎龍が健在と見るや、再び99艦爆を発艦させる。なぜ当たらないのか。炎龍は地上にいる。よもや、爆弾を見てから避けているのか。
その可能性は大いにあり得た。そして、そうであれば何発落とそうが当たるわけがない。自由落下に任せたただの飛来物に過ぎない。それにしても至近弾でもノーダメージとは。
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