加賀とエムロイ
ゆっくりと瞼を開けたとき、そこに広がっているのは真っ白い世界だった。
加賀は周囲を見回そうと起き上がる。どこまで行っても白い世界。
天井も、床も、壁もない。ただただ白い空間がそこに伸びていて、端はどこにあるのか全く見えてこない。
あたりを見回す。ポツンと、真っ白な空間に取り残されたように加賀は座っていた。
自分の腹部を見る。木材が貫いて、炎龍の爪に切り裂かれていたはずの腹部と脇腹は血痕ひとつついていない。もちろん傷はないし痛みも、熱もない。
何が起きたのだろうかと加賀は混乱する頭で考えた。
ここはどこだろうか。私は何をしていたのだろうか。なぜ体の傷が消えているのだろうか。
炎龍は。街は。自衛隊は。意識がはっきりとしてくるにつれて、わからないことが濁流のように押し寄せてくる。
あたりを見回す。自分一人しかいない。なんなのだこの空間は。
自分の体に目を落とす。艤装を身につけ、弓も矢も健在。いつもの袴姿にいつもの武装である。何も欠損はない。
「どうしたのかしら」
自分の最期の記憶を辿る。あの傷だ。死んでいてもおかしくない。そのことをはっきりと覚えている。
柱が体を突き抜ける感触も、血がどんどんと奪われていく肌寒さも、耳鳴りで周囲の音が掻き消える様子も、先刻のことのように思い出せる。
ここはどこなのだろうか。再び内心で問うたとき、
「やぁ、気が付いたみたいだね」
話しかけるものが現れた。加賀は振り返る。そこにいたのは、齢13から14歳ほどの少女だった。どこかロゥリィと似ているかもしれない。
「ここはどこ、あなたは誰?」
頭をよぎった疑問をそのままぶつける。少女はにんまりと笑いながら両手を広げた。
「ここは死後の世界。現世と冥界の狭間だよ。僕の名前はエムロイという」
死後の世界。そう言われて加賀はピンと来た。やはり死んでいたのかと、どこか他人事のように自分の死を迎え入れた。
エムロイと名乗った少女に加賀は首を傾げながら再度質問する。
「ロゥリィの主神、ってことであっているのかしら」
「その認識で間違い無いよ。僕はエムロイ。死と断罪と狂気と戦いを司る神さ」
こともなげに少女————エムロイは笑顔でそう答えた。
「時に君は、自分が死んだかもしれないのによく平気な顔でいられるね」
「死んだ、のかしら。あまり実感がないものだわ。こうして普通に会話ができているし」
「肝の座ったお人だ。やっぱり異世界の魂は格が違うね」
エムロイはケラケラと笑いながら腹を抱えた。加賀は自分の様子をもう一度確認して、生前の姿そのままであると認める。
「死んだの? 私は」
「正確には死にかけている、かな。今この場所で僕が魂に採択を下して、この狭間の世界を通行させたら君は晴れて死人となる」
「ということは、まだ死んではいないのね」
「そういうことになるね。君の肉体は今、ジエイタイとかいう組織が必死に治しているところだよ」
そうか、自衛隊に助けられているのか。
ひどく現実味がない。神を名乗る少女を前にして、加賀は自分でも冷静だなと思えるほど落ち着き払っていた。
「それで、私は死ぬのかしら、それとも現世に帰れるのかしら」
「うーん、それなんだけどね」
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