間話 日本を飛んだ零戦のこと
ここは日本。首都、東京都内のとある自衛隊関連施設内にてのこと。
スーツを着た五十代くらいの男が二人、喫煙所でタバコを吹かしていた。二人以外に人影はない。
どちらもやや疲れた表情をしていたが、うまそうにタバコを口にしては煙を燻らせている。
先に口を開いたのは、二人のうちの一人、角刈りのおじさんだった。
「どう思います?」
それに、七三分けの男が応える。
「どう、と言われてもな。まだ帝国海軍の亡霊が現れて、国難を救ってくれたと言われた方が信じるよ」
「ですよね」
角刈りの男は一度タバコを吸って、それから続ける。
「よもや、ゲームの登場人物が零戦を飛ばしていたなどと」
「ありえん話だ」
「ありえないついでで言えば情報そのものの扱いに自分は納得がいきません。どうして上の方で揉み消されたのか」
「日本の首都を武装した所属不明機体が飛び、あまつさえ攻撃を行ったとなれば角が立つのは国防の責任者だよ。それに、現場の指揮系統が混乱していた上に、目撃者も少ない。なぜ、どこから、どうやってを問うにはあまりにも埒があかなすぎて“なかったこと”にしたほうが都合が良いからなぁ」
七三分けの男は苦虫を潰すような顔をしながらもそう続けた。
「少女が番えた矢が零戦になったというのは事実なのか」
「五人が同じ証言をしています。この五人に面識はありません」
「疑う余地なしだな。にわかには信じられんが」
「極秘裏にですが、監視カメラの映像で、件の少女らしき姿を探し出すことにも成功しています。その姿は、噂にあった“艦隊これくしょん”というゲームの登場人物に酷似していたそうです」
これがその映像で、こちらがゲームの登場人物です、と言って角刈りはスマートフォンを見せた。
「ふむ……確かに似ているな。姿、背格好、立ち振る舞いから何までそっくりじゃないか」
「ゲームの中から飛び出してきたという推測を裏付けるような証拠ですからね」
で、あるか。と七三分けの男はタバコを手に取り、灰皿へ押し付けて火を消した。
席を立ちながら、
「零戦のことについて何か進展があったら、また教えてくれ」
「了解であります」
そう言い残して、喫煙所を後にした。
後に残された角刈りの男はというと、
「俺も、本物だとしたら一目見てみたいもんだ」
とひとりごちて、タバコを消して席を立った。
銀座の空を零戦が飛んだ。人々を守るようにして飛び、異世界の集団に爆弾を落として姿を消した。
そう言った噂話は自衛隊の一部の人間たちの間で広がっていた。今回監視カメラの映像から、零戦を飛ばした本人と思わしき女性の姿も確認できた。
“なかったこと”にされた零戦の話を嗅ぎ回っている人間は、一人二人ではないようである。
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