ハーメルン
天動説における黙示録-ウマ娘による七つの愛
金/アドマイヤベガ

 金。Venus.あなたに一番焦がれる星。

 明けの明星。麗しのヴィーナス。その傲慢なまでの輝きは、まったくもってあのテイエムオペラオーに近い。夜空に最初に浮かぶ一番星より目立ってしまうんだから、まったくもって憎たらしい。

「ベガ、どうしたの」
「ああ、トレーナーさん。何かありましたか」
「いやいや、私じゃなくてあなたでしょう。そんな憎らしげに夜空を見上げるベガなんて初めて見たよ」

 別にあの人のことが憎いというわけではないのだが。いや少し対抗心はあるかもしれない。

「貴女には関係ない」
「むー、そうやってつっけんどんに。せっかく可愛いのに」

 私のトレーナーさんはそういうことを真顔で言うから質が悪い。その後にケラケラ嘘のバレた子供のように笑うのも質が悪い。

「……それより、そろそろ考えてくれました? トレーナー解約の件」
「結論は伝えたはずだけど」
「考える、というのは解約するまでに決まってるでしょ」
「バカらしいことを」

 一気に険悪になる。ダービーのしばらく後、私は長期療養に入った。まだ続いている。永遠に続くかもしれない。だから、貴女には縛られてほしくない。
 それを直に言えないのは、私の弱さだ。

「私はあなたのトレーナー」
「私のトレーナーは貴女でしょうけど、私にはもうトレーナーは必要ないかもしれないのよ」

 ……はあ。堂々巡りの気晴らしに、空を見上げても。まだ浮かぶのは明星だけで。あのオペラオーのトレーナーなら、こんな苦悩はしなくて済んだかもしれないのに。どうして貴女は、私のトレーナーなのだろう。

「じゃあ、どうするわけ? 一人で寂しく生きてくの?」
「……別に」

 別にいいじゃないか。契約が切れたなら、それでしまいだ。私たちにはもう縁はなくて、後は野となれ山となれ。

「……契約した時のことをもう一度思い出す必要がありそうね、ベガ」
「……覚えてるわよ」

 流石に忘れるわけがない。
 私が一人、孤高に走るのを美徳と嘯いていた頃。私と貴女は出会った。
 貴女はとりあえずダービーまで、と言って。私もそれに了承した。ビジネスライクなそれは、それ以上でもそれ以下でもない。そのはずだ。

「そう、そのとりあえずって部分よ」
「ダービーまで、よりそっちですか?」
「もちろん。歳上の言うことは聞くものよ」
「学生に向けて指導者が言う論理としては、些か弱そうですが」

 こう言った口喧嘩は実は初めてではない。しょっちゅうだ。だから私はもうすでにこの時点でなんとなく諦めているのかも。いい意味で。

「いつだったか言ったよね、私をお姉様と呼びなさいと」
「そう言ったらそうなるわけではないですけどね」

 これだ。私たちがやっているのは大凡姉妹喧嘩で、この繋がりが私たちを強くしてきた。

「そーやってあんたはいっつもお姉ちゃんに歯向かうよねえ」
「姉になってもらった覚えはないけど」

 こうやって、こうやって。いつしか最初の理由も忘れて、心と心が通じていく。

「あー、じゃあ契約解除しよっかな! しーちゃおっかな!」
「……本気じゃないよね?」

 こうなったらもうお手上げだ。私は見事に姉の手玉に取られてしまう。

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