EP.13 信念之剣
「ヴッ、ごぱァッ……。な、何のこれしき」
騎士は血を吐いた。力が入らないのか膝が崩れ落ちそうになっている。だが、堪えた。其の姿には二度と膝を付かないという確固たる意志を感じる。
胴をが貫通しているのに死なないのも可笑しいが、其れは目の前の騎士に限った話では無いだろう。騎士道精神というものは実に御立派だ。相手をする分には面倒此の上ないがな。
瀕死の騎士だが、闘志は未だ衰えていない。何か仕掛けてくる。そんな気がしてならなかった。此の距離、此の状況、そして極めつけは未だ構えている信念の剣。
何処か似通った光景であり、そして騎士の一矢報わんとする其の姿勢。用心深く観察し、念のため錫杖を手元に戻しておく。
錫杖を手に取った瞬間、私は脅威を感じ取った。命の危機が迫っている事を感じ取れたのは単なる偶然だった。何時も鳴りを潜めている本能が此処ぞとばかりに警鐘を鳴らし、脳が指令を出す前に体を一歩引っ込めたのだ。
騎士は命を振り絞って信念の剣を振るった。私との間におおよそ10mの距離が有るのに、剣では絶対に届かない位置で刃を振るったのだ。
そして伸びた。私が以前したように、己の刀身を伸ばしたのだ。
信念とは無形である。自身の斯うあるべきと思い描く姿が信念を形作るのだ。詰まり、信念を顕現させる剣が伸びたとしても不思議に思うことはない。再度言うが、信念に形など無いのだから。
「ぜぇ……ぜぇ……ゴホッ。届かぬ、か。惜しくも──な、なに……ッ!」
ビシリッ、と私のマスクが割れた。断面は実に綺麗だ。もし、私が一歩後退しなければ、私の体は此のマスクのようになっていただろう。
「面妖な……。顔が……無い、だと……?」
人の顔を見て失礼なものだ。其れでは私がのっぺらぼうではないか。
───何処に目を付けておる。口が有るだろう。正面と側面合わせて六の穴も有る。不足は有るがな。……まあ、産まれた直後は穴すら無かったらしいが、定かではない。赤子の当方が斯様な些事、覚える筈もないのでな。
「馬鹿を言うな! 眼球が無い、鼻も無い、耳殻も無い! 貴殿は、一体……一体どの様にして、生きてきたのだッ! そんな体でッ、生き抜ける程……此の大地は甘くないッ!!」
───極論ではあるが……生物は栄養を摂り込む口と、其れを吸収する器官さえ有れば生きていけるのだよ。
しかしだ、当方の身体は特殊な様でな。眼球が無くとも微かな光が脳裏に像を作り、鼻が無くとも香りが胃に染み渡り、耳殻が無くとも肌が響きを受け取る。器官が無くとも何人と変わらぬ感受性が当方には有るぞ? まあ、足首から下は無いのだがな。
「馬鹿げた話だ……ッ!」
血反吐を撒き散らしながら、騎士は認めたくないと言わんばかりに怒鳴りたてる。私が目の前に居るというのが何よりの証拠だと言うのに。
───酷い言い草だ。こんな体故、苦労してきたのだぞ。
赤子の身から十余年、彼の冒険家を見つけるまで砂漠の地で孤独に生き長らえてきた。方々を這い回ってはハイエナの血肉を食らい、虫を砂ごと飲み込み、嵐に身を削られようとも生き長らえた。生きて、貴殿の目の前に斯うして立っておる。
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