ハーメルン
君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──
【第5話】泥だらけの夢 ①静やかな約束

「君の目標を聞かせてくれる?」

「はい。私の目標は、中距離路線で…」

 昼休みの食堂。その片隅で、一人の少女と契約に向けた面接をしていた。一昨日の選抜レースで目に留まり、話をする約束を取り付けていた娘だ。
 質問と受け答えを繰り返し、手帳に要点を書き留めていく。
 今日もまた、周りで食事するウマ娘たちの健啖さに内心舌を巻きながら、一通りのことをお互い話し終えた。
 もちろん、ファル子のこともあるし、結論はまだ出せない。あくまでこれは一回目の面接。トレーニング方針だとか、性格の相性だとか、様々な要素を見極めてから結論を出すのが普通だ。
 だから、ここで一旦保留になって、次はいつどこで会うか決めると思っていたのだが、その矢先。

「ごめんなさい。ここまで話しておいて失礼かもしれませんが…別の方と契約を結ぶことに決めました」

「ああ…そうか。良い人が見つかったんならそれが一番だし、気にしなくていいからね。話に付き合ってくれてありがとう」

 開いていた手帳をゆっくりと閉じる。

「その…何ていうか、すみません」

 深々と頭を下げる少女に、逆にこちらが後ろめたさを感じてしまう。なるべく穏和に話したつもりだったが、さっきの言葉が嫌味に聞こえてしまったのだろうか。
 去り際に、念押しで「全然気にしなくていい、頑張ってね」と告げたが、もしそれも嫌味に聞こえていたら申し訳なく思う。
 別に彼女が悪く思う必要はどこにもない。今回はたまたまこちらが振られる形になっただけで、逆にこちらから誰かをお断りしてしまうことだってあり得るのだから。
 とはいえ、面と向かって断られるのは、やはり堪える。
 ただ、今回のことは当然かもしれない。きっと本心を見透かされたのだと思う。
 そう、今の俺はファル子のことで気がかりで、頭がいっぱいだからだ。

(さて、次はどうしようかな…)

 何となく重い足取りで校舎内の廊下を進む。
 窓ガラスには雨粒がひっきりなしに打ちつけ、ぽつぽつと音を立てている。外には傘の花を咲かせる生徒の姿が、ちらほらと見受けられる。
 次の予定はまだ何も決まっていない。さっきの件で出鼻をくじかれたのもあるだろう。生徒たちのような立派なそれは持ち合わせていないが、そのことが"尾を引いて"頭が上手く切り替わらない。
 トレーニング風景を見に行くか、録画された選抜レースを見返すか、昨日借りてきた本を読むか。
 そんなことを考えながら、たまたま通りかかった先で、見覚えのある姿が目に入った。
 そこにいたのは、緑色を主とした衣服を身にまとう理事長秘書。

(あれ、たづなさんだよな…何かあったのか?)

 不穏な空気をまとわせ…とまでは言わないが、困った顔をして一人の生徒と話している。表情が表情だけに、何かあったのかと勘ぐってしまう。
 たづなさんと話すその生徒の顔は、こちらからは見えない。ただ、毛先の整った朱色のロングヘアの持ち主は、一人だけしか知らない。

 足を止めてしばらく遠巻きに見ていると、たづなさんだけがそそくさとその場を離れていった。残された生徒はそこに居残り、尻尾をだらんと垂らしたまま、左方向に体の向きを半回転させる。
 ちらりと見える横顔。やはりサイレンススズカだった。昨日見たのと変わらない清楚な印象。あごに手を当てて何か考え込んでいる様子だ。

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