ハーメルン
君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──
【第2話】始まりの日 ②高鳴る入学式
音を出すことが憚られるほど厳かな静寂。
始業式を兼ねた入学式が、今まさに始まろうとしていた。
体育館一杯に整列する、逆立つ耳と長い尻尾を持つ生徒たち。一般的な体育館よりも一回り大きい造りとなっているからこそ可能な、約二千人弱のウマ娘たちが集うこの光景は壮観だ。
新入生を含めた全校生徒と、学院中のトレーナーや職員が一堂に会している。俺たちトレーナーは、生徒たちより後方、ステージから最も離れたところに陣取っていた。
壇上には、マイクの高さを調節するたづなさんの姿があった。あの特徴的な緑色の服は、遠目からでもはっきり分かる。
体育館の上部に据え付けられたスピーカーから、凛とした声が覆い被さる。
「開式の辞。これより、日本ウマ娘トレーニングセンター学院、第百五十回入学式を執り行います」
トレセン学院の校旗を真後ろに、高らかに開始を宣言するたづなさん。更にその上には、第百五十回入学式と書かれた横断幕がかかっている。
長い歴史を持つトレセン学院。今回が記念すべき百五十回目の入学式だという。
「理事長式辞」
たづなさんの発言の度、しじまが訪れる。それを割くように、一歩一歩足音を立てて登壇する女性。いや、その小柄さは少女と言って差し支えない。とはいえ、一声聞いただけでそのか弱い印象は消し飛ぶだろう。
たづなさんがマイクの高さを手際よく下げている。
少女はマイクの前に堂々と立ち、一面を見渡した。そして真正面へと向き直ると、息を吸う音がスピーカーから漏れ出し、次の瞬間。
「諸君ッ! おはよう!」
一際快活な声が体育館にこだまする。スピーカーはたまらずハウリングを起こしていた。
橙色の髪、白菫色の帽子に謎の猫を冠する少女。
秋川やよい。
それがこのトレセン学院の理事長の名だ。以前面接で会った時と同じ、活力に満ちた声を発する。
「祝辞ッ! 新入生諸君、この度は入学おめでとう! 晴れ渡る春空と満開の桜の下、百五十回目という記念すべき日を迎えられたこと、誠に喜ばしい限りだ」
先程のハウリングを考慮してか、スピーカーの音量は少し下げられたようだ。だが、その声の持つ力強さは変わらない。
ステージの目の前に整列している百五十期目の新入生。彼女たちは皆、この破天荒な理事長に面食らっているのか、それとも尊敬の眼差しを向けているのか。ここからそれは分からないが、理事長の威風堂々とした佇まいと、情熱に満ちあふれた口調には、人を惹きつける何かが確かにあった。
式辞は更に続いた。それは豪胆、それでいて予測不能。トレセン学院のあらましに始まり、なぜか栄養たっぷりのおいしいニンジンの育て方について語ったかと思えば、その新鮮さを追求するあまり、東京の一等地を買い上げてニンジン畑にしたというぶっ飛んだエピソードが平気で飛び出してくる。
そんな理事長節についていけるかはともかく、斜め上の話というのは単純に聞いていて楽しい。ただ、側で見守るたづなさんが、こんな遠くからでも頭を抱えているように見えるのは、果たして気のせいだろうか。いずれにしても、ウマ娘への熱い想いは伝わってくる。
もはや式辞というより演説のようだが、それももうすぐ終わりに近づいていく。
「諸君ッ! 私が君たちに望むことは、たった一つだ!」
どこからか取り出した扇子を広げ、意気揚々と掲げてみせる。
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