ハーメルン
君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──
【第2話】始まりの日 ③健啖な図書委員

 腹が減っては戦はできぬ。
 数時間の作業の後、昼休みの時間を迎え食堂に来ていた。料理を乗せた木製のトレーを手に、自分の座席へ向かっていた。
 食堂のキャパシティはだいたい五百人程度と、たづなさんが見学の時に話しているのを覚えている。トレーナー室の何倍くらい広いだろうか。高い天井とたくさんの大きな窓ガラスが、心地良い開放感を演出する。
 どこを見ても、トレセン学院の制服を着たウマ娘たちだらけだ。青髪の娘、猫のような耳の娘、尻尾を常に八の字に揺らす娘。本当に色んな生徒がいる。誰もが皆、賑々しく食事と会話を楽しんでいるようだ。

(確かこの辺りだったかな…)

 周囲をきょろきょろと見回し、手帳を目印に置いてキープしていた座席をようやく見つけた。汁物がこぼれないよう、慎重にトレーをテーブルの上に運ぶ。
 向かいの席には、同じように手帳のようなものが置かれている。いや、それは手帳というより、小さな本と表現した方が適切だろうか。俺の三年手帳よりも分厚いそれは、とても年季が入っているように見える。この小さな本の持ち主は、料理選びにまだ時間がかかっているようだった。
 最も人が多くなるという正午を避けるため、やや遅れて昼休みに入ったのだが、それでもほとんどの席が埋まってしまっていた。静かで優雅な昼下がりとはいかないが、座れるところを確保できただけでも幸運といえるだろう。

 食堂は無料のビュッフェ形式となっている。好きな物を食べてストレスを発散したり、必要な栄養バランスを考えた食事を組み立てられたりする反面、自己管理が苦手な娘には地獄かもしれない。体重の増加はトレーニング効率やレースに大きな影響を与えてしまうからだ。
 それでもなお、このような形式にしたのは、食事もトレーニングの一環であり、トゥインクル・シリーズを駆けるウマ娘として自己管理の大切さを学ばせるという学院の方針なのかもしれない。
 ふと、周りの話し声に紛れて、一際元気な声が背後を打った。

「お待たせしました!」

 声の主、桐生院さんが回り込むように向かいの席に腰を下ろす。丁寧に盛り付けられた料理は、彼女の真面目な性格を如実に表しているようだ。
 まだ俺が料理に手を付けていないことに気づいたのか、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「何だかすみません…先に食べ始めてもらって良かったのに」

「いえ、なんか悪いかなと…」

 特に深い理由はないが、ただ何となく、抜け駆けは良くない気がした。しかし、これでやっと食事にありつけると、箸を手に取った瞬間。

「いただきます」

 彼女はそう言いながら両手を合わせていた。俺は慌てて箸を置いて、それに倣った。手を合わせることはおろか、いただきますと言う習慣すら無くなっていた。
 「別に私に合わせなくてもいいですよ」とまたフォローしてくれたが、無作法な自分が少し恥ずかしかった。育ちの良さなんて言うと下卑た表現かもしれないが、さすがは名門出身なのだなと思わずにはいられなかった。
 改めて箸を手に取り、料理を口へと運ぶ。

「おいしい…!」

 二人の声が合わさる。
 初めて食べるトレセン学院の食事。空腹だったことがあるにしても、格別な味に感じられる。これを無料で好きなだけ食べられるのだ。食べ過ぎて太ってしまう娘が出てくるのも無理はないかもしれない。

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