ハーメルン
君と夢見た明日へと ──トップウマドルを目指して☆──
【第3話】鉛の靴 ①トレーナー白書
「…というわけだ。何か、質問はあるかな?」
早朝のトレーナー室。新人トレーナーが全員集められ、トレーナー長から説明を受けていた。
その中の一人が手を挙げる。
「もし一週間以内にスカウトできなかった場合は、どうなりますか?」
「もう少し粘ってもらうが…それでも駄目なら、次の選抜レースまでの間、他の専属トレーナーの下で、サブトレーナーとして…いわば研修生に回ってもらうことになる」
また別の一人が手を挙げる。
「複数人をスカウトしても大丈夫でしょうか?」
「ルール的には何ら問題は無い。ただ、新人がいきなり二人以上担当するのはおすすめしないな。まずは一人の娘に注力した方が良い。浅く広くなんて考えは捨てて、三年間は一緒にやっていけると思える娘を選んでほしい。一度結んだ契約を解除するのはなかなか面倒だからな…まぁ、結婚より離婚の方が難しいのと一緒だ」
最後の例えがまだ婚歴のないであろう若い新人たちに的確なのかどうかは分からないが、そのさばさばとした表現は何となく鳥林さんらしいように思えた。
(ああ見えてバツイチなんだろうか…)
少なくとも、左手薬指にそれらしき物は見受けられない。
「…他に質問は無さそうだな。また何か聞きたいことがあれば気軽に声をかけてほしい。良いパートナーに出会えることを祈る」
鳥林さんが「解散」と大きな声を響かせると、新人トレーナーたちはまばらに散っていく。トレーナー室を出てどこかへ向かう者、共用パソコンを操作する者、他の先輩トレーナーに話しかけにいく者など、様々だ。
俺はといえば、すぐ近くの窓に吸い寄せられるように歩み、外を眺めていた。満開の桜並木がそよ風に揺れている。今日も一日晴天が続くらしい。バ場の状態も良く、まさに選抜レース日和といえる。
見下ろすと、体操服姿の生徒たちがウォーミングアップしている姿が目に入った。トレーナーからのスカウトを勝ち取るため、この日に全力を尽くすのだろう。
今日の身体テストと選抜レースについて、鳥林さんから大まかな説明があった。これから一週間、トレーナーは基本的に自由に動き回っていいそうだ。スカウトだけに注力できる期間ということらしい。
裏を返せば、この期間中に担当ウマ娘を見つけなければならないということでもあった。トレーナーとして、勝負の一週間になりそうだ。
しかし、その割には、今の心境は思いのほか落ち着いているように思う。ファル子を見ることが決まっていることも、その要因かもしれない。
千人以上の生徒がいるとはいえ、実際はその上澄みを奪い合うような構図になる。前評判から注目株と評される娘は、既に多くのトレーナーからマークされているだろうし、今更新人の俺がばたばたしたところで付け焼き刃にしかならないだろう。
そして、当たり前の話だが、将来有望なウマ娘にはスカウトが殺到する。そんな彼女たちが選択肢を与えられたなら、よほどのことがない限り、実績のあるベテラントレーナーを選択するはずだ。新人トレーナーが入り込む余地はまず無い。桐生院さんのように特別な箔が付いているなら話は別かもしれないが…。
となると、テストの数値とレースの結果はあくまで最低限の足切りの目安にして、それ以外の部分、すなわちその娘を見た時の直感や相性が重要になると思う。やはり、実際の姿を見てみなければ分からないことが多々あるし、そこは自分の目と、そんな娘に巡り会える運を信じるしかない。
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