ハーメルン
ケイネス先生の聖杯戦争
第十六局面

 バーサーカーの鉤爪が、そばにあった転落防止用の鉄柵に喰らい付き、一気に引きむしった。根元のコンクリートを粉砕しながら持ち上がる。

 それは、本来は起こるはずのない現象だ。いかに頑丈な鉄材製とはいえ、これほど長大な物体が一点で保持されて形を保っていられるわけがない。破断限界を明らかに越えている。

 ディルムッドは目をすがめる。

 バーサーカーの手が鉄柵を握り締める箇所から、深紅の葉脈のようなものが伸び、広がり、全長十メートル超の鉄材に禍々しい赤光を宿らしめている。

 ――「強化」の魔術か?

 だが、直後に起こった異常事態にはさすがに瞠目した。

 闇色の騎士は、即席の長物を一瞬で振り上げた。当然ながらこの地下下水道の上下幅は十メートルもない。身幅の半分以上が天井に突き刺さり、埋まり、そのまま動かせなくなる。それ以外の結末はあり得ないはずだった。

 耳を聾し、腹の底に轟く壮絶な破砕音が連続し、コンクリート片と粉塵が一斉に視界を塞ぐ。

「主よ、失礼をば!」

 だが、音からディルムッドは何が起こっているのかを正確に察した。須臾の反応速度でケイネスを小脇に抱え、飛び退った――直後に、今までランサー陣営の立っていた地点が爆砕し、噛み砕かれ、足場としての用をなさなくなる。

「強化魔術で説明のつく範疇ではないな。あれが奴の宝具か」

「主よ、お下がりください。もっと遠くへ!」

「ふむ……」

 ケイネスを離し、前を見据える。

 精神を鑢掛けするような濁った絶叫とともに、破壊の暴風が荒れ狂いながら急速に接近してきていた。

 この空間よりも巨大な掘削機が、恐るべき速度ですべてを砕き散らしながら迫ってきている。

 深紅の葉脈の浸食を受けた鉄柵が縦横に振り回され、何の抵抗もなく周囲の下水管構造を破壊しながらバーサーカーが駆け寄ってきているのだ。弾塑性力学は愚か、いかなる魔術の常識に照らし合わせても不条理極まる超絶的な強度が鉄柵に与えられていると考えるほかなかった。

 地下にあって自殺行為としか思えぬ暴挙だが、バーサーカーの壮絶な身体能力は、崩落する土砂と金属とセメントの大質量をものともせずに弾き飛ばしながら猛然と突撃を続行する。

 ――なるほどな。

 ディルムッドは鋭い呼気とともに、その身を疾風と化す。叫喚と爆音と破砕音を撒き散らす狂騎士とは対照的に、その踏み込みには一切の音を伴わなかった。それは、地面を踏みしめた反動が、損分なく推進力に変換されたことを意味する。入神の冴えを持って為される流水のごとき運体。

 微塵の躊躇も見せず、バーサーカーが得物を振り回す球状の即死領域へと踏み入った。

 ――なんたる武錬か。

 改めて、闇色の英霊の、戦士としての桁外れの実力に驚嘆する。自分ならばあれほど巨大な得物を、これほどの速度とパワーを維持したまま振り回し続けるなど、たとえ狭隘な地下空間でなくとも不可能だったろう。

 聖杯戦争の最初の相手としてまったく不足はない。

「ゆえに、残念だ」

 その口の中のつぶやきが音になるより遥か手前で、赤い閃光が閃き、闇色に染まった鉄柵が半ばより切断される。周囲の人工物に一方的な破壊をもたらし続けた凶器としてはありえないほどあっけなく、滑らかな断面を残して飛んでいった。

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