第五局面
――自らの教え子に、本来活用するつもりであった召喚用触媒をかすめ取られた瞬間から、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは油断や甘さを完全に切り捨てることを決意していた。
あのマントの切れ端が呼び出すであろう英霊がどれほど強大な宝具を有するかなど、少しでも歴史を聞きかじっていれば容易に想像がつくというものだ。
――確実に、やる。
あの小物ながら頑固で意固地な少年は、必ずや征服王イスカンダルを召喚して聖杯戦争に参戦するつもりであろう。それはほぼ確信していた。金目当てに触媒を売り払って遁走するようなメンタルの持ち主では少なくともない。
で、あるならば、当初の戦略は始まる前から破綻したということだ。
「ソラウ。作戦を変更することにした。君を冬木に連れて行く話はなしだ」
「あら……」
燃えるような赤毛に、氷のような凛冽さを併せ持つ美女が、ケイネスの言に眉を引き上げた。
ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。〈時計塔〉降霊学科学部長の息女にして、ケイネスの許嫁だ。
自らの婚約者ソラウと自分とでサーヴァント契約の径を分割し、魔力的な負担をソラウが、令呪の行使を自分が担当するという変則契約術式は、強大な力を持つが燃費が劣悪なサーヴァントの運用にこそ真価を発揮する裏技である。
ディルムッド・オディナのような、極めて燃費効率の良いサーヴァントを使役するにあたってはまったく不要な小細工であった。
それどころか、弱点が増えるだけの愚行ですらある。
「私は不要?」
「そんな言い方はよしてくれ。君を危険に晒したくないだけだ」
「……ディルムッド・オディナは瞬間火力ではなく継戦能力に秀でるサーヴァントだったということね?」
ケイネスは頭を掻いた。惚れた弱みというべきか。彼女に隠し事などできそうにない。
「さきほど実験して来たが、サーヴァントを全力で活動させつつ月霊髄液を行使することに大きな問題はなかった。戦闘可能時間が多少目減りする程度だな」
くすり、と軽やかな笑いをこぼし、ソラウはケイネスの肩に手を伸ばした。
肩を払い、土埃を落とす。
「む……」
眉を顰める。全力で動き回れとは命じたが、土埃で主君の衣類を汚せとは言っていない。所詮は古代の武辺者か。
「私がいなくても、身だしなみには気を使ってちょうだい。未来の夫が薄汚れた姿を晒しているなんて、我慢ならなくてよ」
「ソラウ、では……」
「武運を。あなたの帰りを、ここで待っているわ、ケイネス」
彼女が示す優しさは、おうおうにしてケイネスが必要とするタイミングよりも遅いのが常であったが、今回ばかりは例外であった。
●
『今の御方が、ケイネスどのの奥方様ですか』
「そうだ。美しかろう? 間男の血でも騒いだか?」
『お戯れを。ソラウどのの前では決して実体化はいたしません』
「ふん」
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