ハーメルン
<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する
10話 濃淡ある世界
「……はあ」
暗い室内。
ディスプレイ画面だけがその中で光を放っている。
メール画面を開くと、利用したこともないサイトからの利用料金催促通知が来ていた。タイトルから察してすぐに迷惑フォルダへと入れる。
「……はあ」
腹が減っていた。
デスクの上にあった食べかけのパンを口に入れる。
水分を失い硬くなっていたそれを、同じくデスクの上に置きっぱなしにしてあった温い水で流し込む。
元々は、コンビニエンスストアで新商品を謳っていたもので、レジに運んだ時は食べる時が楽しみであった。だが、今となってはもそもそと食べることが虚しい。決してまずいわけでは無いのが、より虚しさを増幅させる。
「……はあ」
最近の楽しみであったゲームへはすぐにログインできない。
死亡したことによるデスペナルティがログインを弾く。
最近芽生えたゲーム内での己の固有能力が、恐らくは他のプレイヤーよりもデスペナルティになりにくい能力であったため油断していた。
死をすぐ傍に感じすぎていた。
無論、人が決して死なない存在で無いとは思っていない。
むしろ、人はあっけなく死ぬ生き物であると知っている。
脳が、心臓が、血管が、肺が、臓器が、心が。生物には急所がありすぎる。世界は死因で有り触れている。
数秒後には脳の血管が破れているかもしれない。
数秒後には心臓が止まっているかもしれない。
数秒後にはどこかに頭を打ち付けているかもしれない。
強盗に刃物で心臓を貫かれているかもしれない。
家に大型のトラックが突っ込んできて下敷きになるかもしれない。
津波が家を巻き込むかもしれない。
地震が家を潰すかもしれない。
隕石が一帯を野ざらしにするかもしれない。
今を生きていることがイコールで数秒後に生きていることを保証しない。
今日生きているからといって明日も生きている可能性は絶対ではない。
生きているかもしれないし、死ぬかもしれない。
で、あれば今日を精一杯生き抜くか?
明日死ねば全て台無しになるかもしれないのに。
苦労して時間を無駄にするか?
ならば濃淡の無い人生……とはいかないまでも、明日死んでも良い人生を歩みたい。
色とりどりでなくても、未練が生まれないような人生を。
何かしら行動すれば、人はやり残しが生まれる。
明日やろうと。次の機会にしようと、未練を託してしまう。出来なくなった時に後悔すると分かっているのかいないのか、それとも見ぬふりなのか。
未練無き人生とは、動かない人生だ。動けない人生ではない。動こうとしない人生。
目的は作らない。作っても、達成しやすいものか、捨てやすいものを設定する。
右を選んでも左を選んでも、最終的には同じ結末になるように。
何をしても結局は無駄になるように。
命さえも無駄にして。
絆すらも無駄にして。
誰かが自分に置き換わったとしても、そこに価値も意味も見いだせないような、そして誰も置換したことにすら気づかないような存在として、どこにでも有り触れたような存在として、そして死ぬのだろう。
「……はあ」
思考がすぐに陰気なものとなってしまう。
何か楽しいことを考えなくてはと男は部屋を出る。
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