第十話
ミッドタウンの高層ビルの間を飛び越えて走っていた。目指す先はダウンタウン通り。一足で屋上の淵から一気に空中へと飛び上がり、給水塔の上や、ビルの突起部分を巧みに利用して駆け抜けていく。
その時のことはよく覚えていない。本能と叔父を殺した犯人への怒りだけで体が動いていた。大通り沿いのビルの屋上へと着地すると、眼下でサイレンが鳴り響いているのが聞こえた。見下ろすと、逆側車線を猛スピードで進む逃走車と、サイレンを光らせるパトカーがカーチェイスを繰り広げているのが見えた。
俺に迷いはなかった。正体がどうだとか、顔を隠すとか、そんなことも頭になかった。見える範囲にあるビルの先へ手首から糸を飛ばし、一気に屋上から身を投げ出す。
振り子の運動でビルから一気にスイングし、摩天楼へと飛び出す。糸を貼り付けたビルに激突する寸前に他のビルへと糸を飛ばしてさらにスイングで加速していく。大通りの誰もが暴走する犯人の車とパトカーに視線が向かっていて、頭上からスイングで迫る俺に気づいてない。
逆に好都合だ。さらに加速してパトカーを追い越して、逃走車の上へ着地した。
「なんだ?」
犯人の声が車体越しに聞こえる。俺は怒りのまま拳を振り下ろした。人の力を超えた一撃は紙細工を突き破るように運転席側の天板を貫いた。振り下ろした拳は犯人の肩に直撃したらしい。鎖骨が砕かれる感触が拳越しに伝わってきて犯人の悲鳴のような叫びが聞こえた。
そうだ、もっと叫べ。叔父さんの痛みはこんなものじゃなかった!!
腕を引き抜き、両手で貫いた天板の穴を広げる。見上げた犯人の目は恐怖に染まっていた。俺は人が通れるサイズまで穴を広げると、犯人の襟首を掴んでそのままずるりと車体から引き摺り出した。
「は、はな……うわぁあああーーっ!?」
話を聞くつもりはない。引き摺り出した犯人を一気に空高く投げ飛ばし、暴走する車のブレーキに糸を飛ばした。車は急減速するが、その反動を利用して空へと飛び上がり、糸を出してスイング。重力に従って落ちてきた男を掴んで、俺はそのままダウンタウンの路地をスイングで飛び抜けてゆく。
サイレンの音が静かになったあたりの屋上に上がって掴んでいた男を乱暴に屋上の床へと落とした。ゴロゴロと転げ回る男の目の前に着地して、足で転がってきた男の胸を踏みつける。
「た、助けてくれ……!!俺は頼まれてやっただけなんだ!!」
「お前は僕の叔父さんに情けをかけたのか?なぁ、答えろッ!!!!」
命乞いをする男を持ち上げる。ビルの屋上に照明はなく、街の街灯も届かないため互いに顔は見えなかった。持ち上げた男がやけに軽く感じた。その命の軽さは尋常じゃない。今にもむしり取れそうな重さだった。そのまま歩いて10階以上あるビルの屋上の淵から男の体を出す。俺が手を離せば男の命は簡単に消え去る。
「ひぃい……た、たすけ……」
「頼まれたと言ったな?誰が頼んだ?金が目的か?なぜ叔父さんを撃った!!」
「う、撃つつもりはなかった……!!殺しなんて頼まれてなかった!!あの親父が抵抗するか……!!」
襟首を掴んで持ち上げたまま男の顔を数発殴る。歯が折れた感触と、鼻が潰れた感触があった。うめき声のような声を上げる男を揺さぶって気絶させないように目を見開かせた。
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