第一話 未来のスーパースター
報告書の原案はラオが用意してくれていた。もっとも、所定の書式に従って、事実と調査結果を書くだけだから、大体のことはラオでもできる。できあがったものについて、足りない箇所を捕捉し、表現を穏当なものに書き換え、ついでにいちゃもんがつきそうな箇所については曖昧な表現に書き換える、それがなかなか苦労するところである。特に、人の文章のあら捜しに長けている憲兵本部が相手とあってはなおさらである。
「ラオ大尉」
「何ですか?」
「今回の件、どうにも腑に落ちないことがある。」
ヤンにそう言われて、ラオは怪訝な顔をした。
「アリアナ・ミンツ少尉の遭難記録がわざと欠落している、という話、結局欠落しているなどということはなかった。だとしたら、欠落していると言い出したのは、いや、欠落している可能性があるから調べようと言い出したのはどこの誰なんだ?」
「ローゼンハウスじゃないですか?報告書にはそう書くんですよね」
「まぁ、それが一番おさまりがいいからなぁ。他の理由を考えたとして、証拠がない。状況証拠だとしても」
ヤンは頭をかいた。
だが、頭の中では別の想像が浮かび上がっている。帝国が噂を立てたのだとしたら、何故あの事故なのか。どこにでもある、さして珍しいわけでもない遭難記録。そのために帝国はわざわざ事実の究明をはかり、結局スパイを一人潰す羽目になっている。情報活動としてはあまりに稚拙、少なくとも結果から見たらそうなるわけだ。
だとしたら、噂を立てたのはむしろ同盟の方ではないのか。どこにでもある、でも真実を究明するにはコストがかかる謎めいた事故、それに対してあれやこれやと疑惑をかきたてる。何か、機密情報を発見した「らしい」という情報を流して。ローゼンハウスはそれに引っかかった、いや、引っかからざるを得なかった、ということなのだろうか。
同盟情報部が垂らした釣り針、それに何かが引っ掛かればそれでよし、興味を示さなければそれはそれで放置。もしそうだとしたら、同じような問題がエル・ファシルだけでなく他の場所でも持ち上がっているのかもしれないし、そうでないかもしれない。もちろん、何の証拠もないし、そこまで証拠探しに精を出す必要性を、ヤンは認めていなかった。
「まぁ、今回の件は、この方向で報告書を出そう。憲兵本部からは私が報告書を出しておく。ラオ大尉、君は平常業務に戻ってよろしい」
ラオ大尉はぴしっと敬礼をして、執務室を出て行った。ヤン・ウェンリーは、ぼりぼり頭をかいた後に、再び報告書の原稿に向き直った。
「あ、そうだ。少佐」
「どうした?」
「訓練用ゼッフル粒子の持ち出しや室内散布なんてもう御免ですからね。あれ、爆破させずに回収するのに1時間かかったんですから」
「やっぱり爆破した方がよかったかな。一応、閃光と爆音がするだけのはずなんだが」
それまで言って、ヤンは頭の中でそれを否定した。だめだろうな。衝撃がないわけじゃないから。
「分かったよ。」
ヤンはそれだけ言った。ラオは今度こそ執務室から出ていった。
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