第四話 新型戦艦ヨブ・トリューニヒト
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宇宙歴796年12月31日、ヤン・ウェンリーの官舎ーー
「さぁ、いよいよ宇宙歴796年もあと一分、まもなくカウントダウンです。今年は皆様にとってどんな一年だったでしょうか。来年は今年よりよい一年になりますように……」
テレビではアナウンサーが今年への別れと来年への期待を述べている。年末おなじみの光景である。ほとんどの同盟市民にとって、12月31日と1月1日は特別な日となる。皆、深夜まで起きて、年が切り替わる瞬間を迎えるのが、全国的な風習となっている。恐らく帝国もそうであろう。人類が地球から宇宙へ雄飛してこのかた、宗教的な儀式はほとんどが失われた。祝祭は人工的なものだけが残り今に至る。いや、年数のことを考えれば、かつて人工的なものだった祝祭が、宗教的で伝統的なものになりおおせたと言うべきか。
「15…………10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!新年おめでとうございます!!ようこそ宇宙歴797年!!」
アナウンサーの声と同時にぽん、と間の抜けた音が室内に響いた。スパークリングワインの栓があけられ、グラスに注ぎきれなかったワインが盛大に床にこぼれる。それでもスパークリングワイン用のグラスにワインが注がれた。グラスは2つある。なぜか。
「先輩。どうぞ。新年おめでとう!」
「ああ、おめでとう……」
グラスを差し出したのはアッテンボローである。差し出された方のヤンは、気が進まないようだがグラスは受け取る。乾杯し、一気飲みの要領で二人ともグラスを空けた。
「先輩、辛気臭いですよ。もっと景気よくいかなきゃあ」
「折角の新年に乱入しておいてよく言うよ……」
新年のこの瞬間、ヤンがアッテンボローと一緒に居るのは、ヤンが望んだわけではない。アッテンボローがヤンを拝み倒したからである。アッテンボローは取材でエル・ファシルを訪れているのだが、新年だけはどうしてもホテルが取れず、仕方なくヤンの官舎に転がり込んだのである。
「本当にホテル、取れなかったんだろうな」
「先輩、その質問、五度目ですよ。ホテル予約サービスの画面、見せたでしょう?まぁ、取れますよ。取ろうとすれば。ビジネスホテル一泊に500ディナールかかるといって、しょうがないって言ったの、先輩じゃなかったんですか」
「やっぱり後悔してる。男二人で新年なんか、迎えるんじゃなかった」
世の中には、異性の交際相手が居ないことを、人生の損失のように捉える人間がいることは知っていた。今、この瞬間はそれに同意できる。ヤンはそう思うのである。
「それは同感ですが、新年祭を楽しまないのは損ですよ。去年はいい年だったんだから、今年はもっとよくしないと。そのためには、まずは楽しむ、でしょう?」
「それは私のことかい」
ヤンは聞いた。まるで冗談を聞いたような顔をしている。
「それ以外の誰がいるんです」
「796年がいい年だった、なんてこれっぽっちも思っていないのだが」
「憲兵隊本部から感状もらったんでしょう?ボーナスもはずんでもらったって、聞きましたよ」
「課長がボーナスはずんでもらって嬉しいわけないだろ。金額は雀の涙、それも結局忘年会で全部差し出すんだから。第一なぁ、折角のキャリアプランが危機に瀕していることは、昨日話さなかったかい?」
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