第四話 新型戦艦ヨブ・トリューニヒト
ヤンとトリューニヒトは、今度こそ全速力で階段を駆け下りはじめた。
「やった……」
階段にして40階分を下りきって、ヤンとトリューニヒトはようやく船腹のデッキに到着した。二人とも肩で息をして、膝が笑いかけている。全速力を出したのは20階分だったが、階段を下りるという作業は、早かろうと遅かろうと膝に負担をかける。
「少佐」
トリューニヒトがデッキを眺めながら、恐る恐る聞いてきた。
「あまり言いたくはなかったが、射出口は閉鎖されている。どうするつもりかね」
シャトルは確かにある。だが、外に出られなければ意味はない。シャトルが外へ出るための射出口は扉が閉鎖されている。これではどうしようもない。
「それよりも先に、シャトルを起動させましょう。緊急脱出モードにしておけば、スイッチ一つで艦から出られます」
ヤンはトリューニヒトの言葉を無視して言った。
「だから、射出口が閉じているのにどうやってーー」
「いいですか」
ヤンはトリューニヒトの質問を遮った。シャトルデッキの上にある管制室を指し示した。
「あそこに管制室がある。射出口の扉はあそこでしか開けられません。管制室で、自分が射出口の解放コマンドを入力します。一般的に、射出口の扉が開き切るまで30秒ほどもあるでしょう。減圧でもって吸い出されることを考えると45秒程度の猶予がある。トリューニヒトさんには、シャトルの扉を開けて待っていてもらいます。自分が飛び込んだら、このスイッチで扉を閉めてください」
「それでは君がーー」
「あの管制室から階段1つと30メートルほどです。30秒もあればいけるでしょう。万が一自分が間に合わなかった場合……扉を閉めて、緊急脱出の始動スイッチを押してください。モードさえ起動しておけば間違いはありません。外との通信ができたら、救助に来てください。もしかしたら助かるかもしれない」
ヤンは最後に思ってもないことを言った。トリューニヒトはがくがくとうなずいた。
「少佐、恩に着る。もし帰れたらなんでもーー」
トリューニヒトの声は裏返りかけていた。
「その話は後でしましょう」
ヤンはシャトルの操縦席に座る。指紋と虹彩認証で、シャトルは無事起動した。後は、正面スクリーンにある動作モードを操作し、緊急脱出を指定する。後は、始動のスイッチを押せば、シャトルは船外に脱出し、救難信号を発信してくれるはずである。
ヤンはそこまで確認した後、シャトルを出て管制室に入った。艦を放棄する時の緊急脱出スイッチがーーあった。三重の蓋で守られているが、押して扉を開けることに何か支障があるわけではない。緊急脱出の時に権限や何やらで扉を開けられなくては意味がないからだ。ヤンは蓋をむしり取ると、ボタンを押し込んだ。アラームが鳴動し、扉がわずかに開くのが見えた。それを見て駆け出す、が、脚がうまく動かない。疲労のため、筋肉が痙攣しかけている。ヤンは太ももを叩きながら管制室を飛び出した。階段を下り、30メートル、30秒あれば余裕の距離のはずだがーー
疲労しきった脚が言うことを聞かず、ヤンはデッキに投げ出された。客観的に見れば、勝手に転んだ、ということになろうか。ヤンはのろのろと立ち上がり、シャトルの扉へ向けて走ろうとした。扉の方では、トリューニヒトが手を大きく振って手招きしているが、減圧が始まったデッキでは風の音がすさまじく、何を言っているか分からない。
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