第四話 新型戦艦ヨブ・トリューニヒト
あと5メートル、その距離がすさまじく遠い。既に向こうでは閉鎖扉が半分以上開いて、固定処置が行われていない物体を遠慮会釈なく吸い出そうとしている。ヤンもその例外ではなく、宇宙空間へと吸い出されそうになりーー
腕を掴まれた。
トリューニヒトだった。何か叫ぼうとしているがヤンには聞こえない。だが、ヤンの目の前がシャトルの扉だったことが幸いした。何とか脚を扉の入口にひっかけ、シャトルに飛び込むことに成功した。
シャトルの扉が閉められる。ほどなく、シャトルは緊急脱出シークエンスを実行した。
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「今回の事件については、悪辣なる陰謀の放つ凶弾に斃れた、クワット・ドライブ・ヤード社の社員および、治安警察の方々にお悔やみを申し上げる。彼らの犠牲に報いるためにも、真相究明と再発防止が最優先であることは言うまでもない。だが、今回の陰謀劇に、クワット・ドライブ・ヤード社および警察・軍が一体となって立ち向かい、これを阻止したことは不幸中の幸いと言わなければならない。最後まで艦内に残り、脱出に協力してくれたエドワード・サイモン君には最大級の感謝を申し述べるーー」
ヤンは官舎でなんとなくテレビをつけていた。テレビでは、トリューニヒトがいつもの調子で演説をぶっている。例の事件があってから軍はもとより、治安警察、惑星エル・ファシル政府まで騒然としている中、トリューニヒトだけはいつもと変わらない調子だった。
戦艦からの脱出時、シャトルを操縦したのはトリューニヒトだった(緊急脱出シークエンスの実行ボタンを押すのが操縦であれば、だが)。脱出後、緊急信号を受信したスパルタニアン部隊によって、イオン電障魚雷が発射され、強烈なイオンパルスを浴びせられた艦の動作は一時的に停止、艦のワープも中止となった。ヤンとトリューニヒトは救命艇に救助され、艦に一人残ったサイモンも救助された。
救助後、ヨブ・トリューニヒトは健康状態のチェックで三日入院した。ヤン・ウェンリーも同様に検査入院したが、一日で退院となった。差別ではないかと内心憤慨したが、取り調べが待っているとなるとどうしようもなかった。もっとも、取り調べといってもヤンは事実を話すしかなかったし、艦の状況を把握するには、稼働していた監視カメラの記録やセンサー記録を見る方がよかった。結局、ヤンはただの被害者ということになり、取り調べは終了した。
事件についてはいろいろな噂が飛び交っているが、未だ結論は出ていない。この事件が、クワット・ドライブ・ヤード社他数社を巻き込む新戦艦導入にまつわるスキャンダル、そして中枢星域と辺境星域の対立の一つへと発展するのはかなり先のこととなる。
新装備選定会議は一応、全日程を無理矢理消化したが、附属するはずのレセプションだとかパーティーだとかは軒並み中止となった。経済効果を当て込んだエル・ファシル経済界は地団駄を踏んだそうだがこれは仕方ない。
この事件で結果的に一番得をしたのは、サイモンということになりそうだった。身を挺してトリューニヒト(とヤン)を守ったということで、会社からは表彰を受け、マスコミからも引っ張りだこ、CMの話すらあったそうである。
トリューニヒトもそれに負けないほどの果実を獲得した。マスコミを駆使し、自分の冒険譚の宣伝にこれ努めた結果、一気に次代の国防委員長候補筆頭にのし上がることに成功したのだった。
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