ハーメルン
【完結】サトリな僕とTSな君
雨のち雨

 7月の雨は、夏の暑さを和らげてくれる。それはさながら砂漠に恵みをもたらすオアシスのようだ。
 なんてことがあればいいなぁ、と冷房の風に当たりながら考える。そして、冷房こそがオアシスである、と結論付けた。

 最近は、雨の日でも少しだけ異能が使える。理由は分からない。
 大して気にしていないし、なんの問題もないのだけれど、日曜日で暇だったので、どういうことだろうか、と父さんに電話したみたら、そんなもんじゃない? と返ってきた。訊いた意味はなかったと思う。

 僕はアパートで1人暮らしをしている。
 で、今──午前10時過ぎ──はそのアパートで、部屋干しした洗濯物を眺めながら、洗濯洗剤の容器に汚れのようにこびりついている〈抗菌〉とか〈ふわふわ〉とかの自信満々な自己PRについて、修羅場を勢いで乗り切る男のように人工的な匂いで無理やり雰囲気を出して誤魔化しているだけなんじゃないかな、と腑に落ちない気持ちになっていたところだ。
 
 すると、スマートフォンから勢いのない通知音が鳴った。アプリを立ち上げる。

『今日ひまだよね』春夏秋冬(ひととせ)さんからだ。

 たしかに暇ではあるけど、確信したような口ぶりには逆らいたくなる。ので、『東証1部上場企業の闇について考えてるからとても忙しい』と送る。

 次の瞬間には既読がつき、2秒も経たないうちに、『源の家に行きたい』と表示された。

 春夏秋冬さんは生き急いでいるらしい。しかし、僕はそうではないのでゆっくりと入力する。

 けれど、『いいよ』という短い文なのですぐに完成してしまった。

『学校の近くのカースに迎えに来て。一緒にDVD選ぼ』カースとは、全国展開はしていないレンタルビデオ店だ。今後はネット視聴の波に押されて消えていくと思われる。

『分かった。何時にする?』

『1時間後』

 ということらしいので、のんびり準備することにした。






 日曜日なのでいつもより人が多い気がする。
 といっても、市の実施している人口減少対策はあまり実を結んでいないらしく、歩きにくいということはない。
 なので、このまま焼け石に水にしかならない政策をぜひとも続けてほしい──と一瞬考えたけど、面白い人間に出会う確率が減るのも困るため、やっぱり今の市長は支持しないことにしよう、と決めたところで、新作映画を物色している春夏秋冬さんを発見した。

 すぐに僕に気づいた春夏秋冬さんは、おう、と雑な挨拶をし、手に持っているアクション映画のDVDに視線を戻す。

 このコーナーにあるのは金に物を言わせてクオリティを上げたご都合主義の詰め合わせのような映画が大半なんだろうな、と考えつつ、でも表情には出さずに、「それ観たいの?」と問う。

「ん、そうでもねぇかな(観たい)」

「……試しに観てみたら?」

「源がそう言うなら借りてもいいけどよ(意……合……かな……へへ)」

 雨が降っているせいで心の声が途切れ途切れだ。でも、嬉しそうな顔に見えなくもない。

 ふと思った。「春夏秋冬さんってさ」

「? なんだよ」と僕の目を見つめる。

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