第一話:一方的な出会い
物心ついた時、既にオレが生きるこの場所は地獄だった。否、地獄だと気づいたのはコレが普通のことではないと知識を得てからだった。
『早く立て。地べたを這いつくばっている暇などお前にはないのだ』
重苦しい声。有無を言わさぬ威圧。観ることすら叶わぬ父。会うことすら叶わぬ母。そして目の前に立ちはだかる大人の魔物達。
修練、修行、鍛錬。自分に許されるのは己のチカラと頭脳を高めることのみ。
分単位で管理される一日のスケジュール。眠るのは厳しい訓練の後に気絶した後。食事は一人で黙々とこなし、起きている間は勉学と修練の連続。
他の魔物の子のように遊ぶことなど許されず、己という存在を高めることだけがオレに許されたたった一つの生きる理由であるかのよう。
“魔界の王が、ゼオン様が次の王になると期待しているからこそ”
過酷な訓練と教育の理由について、周りの大人の魔物達は口を揃えてそんなことを言う。
哀れみを持ったその瞳が嫌いだった。日々を暮らす度に大人の魔物達への憎悪が膨れ上がっていくのは理解していたし、それを抑えるつもりすらなかった。
違うのだ。魔界の王にオレがなることなど、そんなことは生まれた時から決まっているのだ。
雷を司る王族の我らは、他の魔物よりも自我の芽生えと精神の熟成が早い。故に早くから己の能力を高めることが出来て、他の魔物達よりもチカラを伸ばすことが出来る。
自意識を持ったのは一歳になる前。乳母の存在を認識した頃より英才教育は始められる。
魔物の中でも、特に雷の一族の身体は頑丈に出来ている。魔力の量が他とは一線を画しているのだから当然のこと。まず初めに習うのは防御の為の魔力運用と絶対値の増加訓練。一定に達すればすぐに実践を行うスパルタだ。
他より頑丈であるがゆえ、他よりも過酷な訓練を受けなければならない。
初めは泣いた。当然だ。幼子ゆえにほんの小さな傷に大泣きした。
だが……王族の幼子に課される最大の地獄の始まりは此処から。些細な傷の痛みから……傷を受けるという痛みを、死に近づく本質を、痛みに屈服する弱さを、死への恐怖に逃げ出そうとする臆病を……我ら王族は乗り越えなければならないのだから。
“バルギルド・ザケルガ”
敵を決して殺すことなく、身体に与えられる痛みを増幅し続け、心の芯まで痛みへの恐怖を染み込ませ、連続して与え続けるという雷の術の中でも凶悪なモノ。
父から子への初めての贈り物は……“痛み”だった。
慣れることなどなかった。
どうして、と疑問を零すことすらなかった。
まだその時のオレは知識を得ていなかったから。
痛みに耐えることが当然とならなければというのがその時オレの当たり前だったのだ。
いっそ壊れてしまえば楽だったのかもしれない。
しかし生憎とオレの心は頑丈で、その“痛み”だけが己と父を繋いでくれるモノだと誤解していたバカモノで……父にどうしてと問いかけるよりも、耐えた時に聞こえる僅かに温もりのある声だけが聴きたくて受け入れていた。
痛みに耐えてから始まったのが訓練のみの生活。それが当たり前だと、オレはそう信じていた。
幼き頃より強いられる厳しく辛い修行の果てに得る雷の極致にて、三千年という長きに渡り我らは王の座を勝ち取ってきたのだ。
故にこの地獄は当然のこと。
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