序-12
碇シンジは、気が付けば夕暮れの電車の中に居た。
父であるゲンドウに『捨てられた』あの日の電車。誰もいない客車に1人腰掛ける自分自身は、3歳児らしい小さな身体。
この時点で『ああ、これは夢だ』と気付いたシンジだが、そう自覚しても一向に目覚める気配がない。
そこまで思考を巡らせて、そこでようやく、シンジは自身が先程まで使徒と戦っていたことを思い出し、暫しの検討の後に現状を『走馬灯』であると再定義した。
「死んじゃうのかな」
そう呟いてみても、実感はない。
死の間際なら、もっと何か、情動があっても良いのでは? そう思ってしまう事それ自体が、自分の冷淡さを証明しているようで、シンジは走馬灯の中でありながら溜息を一つ吐いてしまう。
————振り返れば、夢中になれる事もなく生きてきた人生だった。
やろうと思えば大抵のことが出来てしまう。
常人であれば、苦難と努力の果てに至るゴールに、散歩気分で歩いて行けてしまう彼の能力は、彼自身を生まれたその瞬間から孤高の存在へと成り果てさせてしまったのだ。
そんなシンジの人生は『やる気スイッチ』探しの人生だったと言えるだろう。
やれることはあっても、やりたいことがない。
ただ、世界を救う英雄たれと母に望まれ、望まれたならそう在ろうとしただけの虚な存在が、碇シンジという存在なのだ。
いや。正確に言えば、父母の庇護のもとにあった頃、彼の心は燃えていた。誰も彼もと同じように、いつかヒーローになるのだとテレビの前で変身ポーズを真似ていたのだ。セカンドインパクトの影響で録画作品だけだったが、それでも画面の中のヒーローに憧れる程度には、彼の心は情熱に溢れていたのだ。
しかし、父の愛も、母の愛も、最早遠い過去のもの。凍てついた心で辛うじて好青年を演じてきた彼は、誰からも好かれるが、もはや誰にも愛されない。
誰も彼も、彼を頼るばかりで、彼を心配する事など無いのだという実感が、この14年で染み付いてしまったのだ。
だが、それでよかった。
シンジもまた、他人を愛してなど居なかったのだから。ただ、かつての情熱の残滓と、あの夏の母との約束が、彼を人助けに駆り立てていただけなのだ。
死を前にして、愛する者を思い出すこともなく、ただ1人電車に揺られている事が、その証左。
世界を救えば、己もきっと救われる。そう願い続けた『誰かを助けることで、自分が助かりたかった』少年は、結局のところ世界も自分も救えずに死に瀕しているのだ。
————でも、こんな薄情なやつなんて一人で死ぬのがお似合いだ。
そう自嘲する幼いシンジはしかし、ふと誰も居ないはずの車内に、何かの気配を感じ取った。
「誰なんだ、そこにいるのは」
そんなシンジの問いかけと共に、車内の風景は消え去り、真っ黒な虚空の中で、白く輝く人影がボヤけるように現れた。
「君は……一体何者?」
『エヴァンゲリオン』
「エヴァンゲリオン?」
『そう。マイナス宇宙から地球に来た』
「マイナス宇宙?」
『此処とは違う、虚数の世界。ごめんなさい、碇くん。守れなくて。その代わり、私の命を碇くんにあげるわ』
「何故謝っているの? 君の命? 君はどうなる?」
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