第4話 空のした山のうえ
「おい兄ちゃん。こんなとこで寝ちゃいけねえ、起きるんだ」
「うっ……うぅ……」
誰かに全身を揺すぶられながら感覚に、沈んだ意識が浮上する。
呻き声をあげながら両目を開けると、登山装備を身につけた初老の男性が心配そうにこちらを見つめていた。
「……あれ、ここは?」
まるで長いこと泥の中に沈んでいたかのような、嫌な怠さが全身を支配していた。
眉を顰めながら辺りを見渡してみるが、周囲は濃霧に包まれてしまっている。
「ここか? ここは霧島連山の名峰、高千穂峰の馬の背って所だ」
「たかちほのみね……? ってことは、山のうえ、なのか」
「そうとも。といっても今は世界中で起きている異常気象の影響か、連日霧が酷いもんで入山規制がしかれてるんだがな。ところで、お前さん……何の用があって、ここまでやってきたんだい」
「えっと、俺は……」
答えようとして頭を捻るが、思考が纏まらない。
必死に言葉を探していると、俺を起こしてくれた親切なおじさんがリュックから魔法瓶を取り出して、お茶を注ぎ渡してくれた。
「ほれ、お茶でも飲むといい」
「あ……ありがとうございます。いただきます」
礼を述べ、どこか懐かしい匂いのするお茶に口をつける。
ほうじ茶だった。
温かい茶が、喉から腹までをゆっくりと流れて、全身に浸透していく。
「美味いだろう、うちの嫁さんのお手製さ」
日焼けした顔で、おじさんはにっかりと笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ううむ……見たところ、服の袖が派手に裂けてる以外に異常はなさそうだが、記憶が混濁しているってなら頭を打ったかもしれんのか。安静にしてなきゃならねえが……困ったな、この霧だ。近くの休憩所に行くのも相当苦労するぞ」
「ほんとだ、服の袖がずたぼろに……ん?」
濃霧の中をひらひらと漂う何かが、視界の端にちらりと映る。
(……小さな光?)
導かれるように手を伸ばすと、光は俺の手のひらに溶けていき──ズキリ、と頭に激痛が走る。それを皮切りにして、まるで盆から水が零れ出るように記憶が溢れかえってきた。
そうだ、服が裂けているのは、雑兵に切りつけられたからだ。
たった一瞬のこととはいえ、どうして忘れられていたのだろう。
血だまりに沈んだ冥王との邂逅。
アイギスを依代とする魂だけとなったアテナちゃん。
牡羊座のアヴニールとの衝突に、得体の知れぬ闇の到来。
いつの間にか雑兵につけられた傷がなくなっているのはアテナちゃんが治してくれたのかもしれないが、今はそれどころじゃない。
俺はがばりと立ち上がると、天へ向って容赦なく叫びを上げた。
「あんのアホハーデスめ! よくも俺を落としてくれたなッ……!!」
空から人間を落とすなんていうハーデスの最低最悪な所業を思いだし、燃え上がるような怒りが腹の底から噴出する。
ちくしょうハーデスめ、よくもやってくれたな。
どうやら、落下の衝撃から俺を守る程度のアフターフォローはしてくれたようだけど、だからといって落とした事実に変わりはない。
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