第8話「白米無き調査」
先ず結論から言ってしまえば、少女は見事に調理を完遂した。
元々勤勉と言うか呑み込みが速いと言うか、包丁の握り方にしろ食材の切り方にしろ1度教わった事を直ぐ様モノにしてしまうのだから全く手間がかからない。
物覚えの悪さが引き起こしたエピソードに事欠かない青年とは何から何まで雲泥の差だ。
尤も彼の場合は全てのリソースを米に割いていたからそれ以外が疎かになりがちというのが適切であって、その気になれば大体の事は人並みに出来るのだが。
まぁ何はともあれ、この世界で初めての米料理にしてエリシア・フローレンスが自らの手で初めて真っ当に調理した料理である、「鶏肉と茸の炊き込みご飯」は無事に完成を迎えた。
茶碗──はないので木の器に盛られた2人分のそれは、正に朝食と呼ぶに相応しい温かさとボリュームで以て彼らを出迎えたのである。
「……いくぞ」
「……ええ」
そして、今。
スプーンに掬われた炊きたての白米が、青年と少女の口へと各々同時に運ばれ──彼らは、この世界に於ける料理の新たな地平を切り開いた。
「美味しい……」
「あぁ……美味い……!」
米の風味を確認するのを優先して香辛料での味付けは最低限にしているので、薄味ではある。
かつての青年から聞いた話を元に魔術で再現しただけの米なので、粘り気に乏しくインディカ米に酷似したあっさりした味わいでもある。
しかし、美味い。
美味くて美味くて仕方がない。
(こ、米だ……!間違いなく米だよこれ……!)
何せ青年にとっては、17年振りの「米」である。
当然あると思っていた食物が存在しない現実に絶望し、諦めきれずに探し回り、麦粥との長きに亘る戦いを繰り広げた末での「米」なのである。
どうして噛み締めずにいられようか。
例えそれが見た目だけ日本米のインディカ米だとしても「米」である事には変わりなく、スプーンを口に運ぶ度にひたすら涙を流していた。
(良かった、思った通りに作れた……最近は「新世界」に頼りっぱなしだったからどうなるかと……)
エリシアにとっても、これは他の料理とは異なる意味を持ち合わせていた。
何せ、青年の手を借りているとは言え自らの手で初めて作った料理だ。
特別な思いを抱かずにはいられない。
それに、青年との初めての共同作業でもある。
恋人云々とかそういう関係ではないが、想い人と同じ課題に取り組む事の素晴らしさを噛み締めずにはいられなかった。
「……」
「……」
故にこその無言。
各々万感の思いを抱いたまま、はふはふと炊き込みご飯を胃の中に送り込み続ける事およそ10分。
空になった皿を前にして、どちらともなく口を開く。
「……で、改善点は?」
「見た目は問題なし、思い描いたまんまの日本米だ」
「やっぱり、ね」
少女はフフン、と鼻を鳴らしながら炊き込みとは別に炊いておいたご飯へと手を伸ばす。
そう、見た目は──見た目だけは自信があった。
青年の説明を噛み砕き、吟味し、試行錯誤して拘り抜いた末に作り出された米なのだから、寧ろ似ていなければエリシアとしては立つ瀬がない。
まぁその分味や粘りけに時間をかけられず詰めの甘さが露呈する結果となってしまったが。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/5
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク