1話『継承』
「どうした、駆?」
状態を確認する質問が耳を刺す。
良く聞き慣れた声で、いつも身近に居て。それでも何年もの───一生逢えないと思っていた、血の繋がった兄の声。
意識がハッキリすると同時に信じられない光景を目の当たりにして、思わず呆然と目を見開いてしまう。
「……頭打ったか? ちょっと見せてみろ」
応答せずに居ると兄ちゃんは僕の髪を掻き分けて額に触れる。次いで頭部の別の場所へと撫でるように動かして、ホッとする様に息を吐いた。
「怪我はしてないみたいだな。チャリを倒したまんまだから心配したが……パンクか?」
チャリ? 自転車のパンク?
「……あ、うん」
目の前に倒れている自転車を見て、かつての記憶を鮮明に思い出す。
この日の事は良く覚えていた。ケンカした翌日に事故が起きた日だったから。そして、抑圧と緊張感から解放された兄ちゃん───逢沢 傑と、最後に言葉を交わした日だった。
心臓の記憶、臓器移植による共鳴とでも言えば良いのか。それによるレッスンは何度もあった。それでもこの日が本当の意味での会話をする事が出来た最後の日。
「後ろ乗ってくか?」
「……ごめん兄ちゃん、朝練に少し遅れるかもしれないけど……ちょっとだけ歩いて話して良いかな?」
「……? ああ、チャリもどっかに置かなきゃだもんな」
どこか疑問を覚える様に微かに首を傾げたけど、僕がチャリを起こすと納得したように言葉を発した。……いや、多分違う。別の部分に違和感を覚えてる筈だ。ただ分からない事はどうしようもないから、確信の持てる部分に言葉を流してる。
けどわざわざ追及する事でもない。というか出来ない。僕だって困惑してる。明晰夢なのだろうか。
いや、それでも。もしあの日の通りに時が進むのならば。
夢でも良いんだ。たった一度で良い。この夢の中で夢見た光景を一度でも叶えたい。
兄ちゃんからのラストパスで決める、最高のゴールを。
♢♦︎♢
「昨日はごめん」
「ああ、いや……それで、話って?」
「……今日の放課後の練習でさ、紅白戦をお願い出来ないかな?」
「昨日の紅白戦でお前のベンチ入りに疑問を感じる奴も居た。俺もああ言った手前、他に選ぶ必要があるから紅白戦自体は構わない。……けど、昨日の今日ってなると流石に」
「僕にもう一回、兄ちゃんのパスを受けさせて欲しい」
「……!」
駆の真剣な表情を見た傑は驚きに目を見開く。
そもそもの話、先日の紅白戦で駆を出したのは幼馴染兼マネージャーであるセブンに頼まれたからだ。全国を見据えれば他のFWでは能力が足りていない。逆に、傑の全力について来れるならば優勝筆頭候補に登るだろう。
少なくとも駆は傑の全力のパスに追いついた。セブンがそれを認識させるのは間違いじゃない。
だが、駆はシュートを決めていない。
決定力の求められるFWが点を決めないのは致命的だ。抜け出しは魅力的でも、そこが疎かになってしまえば意味がない。
使い方次第では確かに有用だろう。だが傑は駆にそれを求めていない。マネージャーに逃げる程度のメンタルならば尚更出す訳にはいかない。
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