15話『リスタート』
入念な準備運動。
駆は何度も左脚の感覚を確かめながら、グラウンドを踏み締める。
転がっているボールを掬い上げ、右脚でリフティング。自分の目線くらいまで浮き上がらせる事を数回。笑みを浮かべ、ボールを足裏で止めた。
(やっとボール触れる……!)
リハビリの最中は一切ボールに触れる事を禁止されていた。というか自主的に抑えていた。万全でない脚の感覚を染み付ける訳にはいかないのと、数ヶ月のブランクを埋めるスタミナトレーニングを優先としていたからだ。
脚に負担をかけない様に温水プールで肺強化を行なったり、リハビリが可能になってからは出来るだけスタミナを落とさない事に注力していた事もあり、現在の駆の運動能力はブランクを感じさせないくらいに回復している。
本来ならば、この豪華なリハビリメニューとなるとお金が掛かるが、この怪我の責任問題は日本サッカー協会が負っている。代表招集での規約により、試合中や練習中の怪我についてはサッカー協会が全負担する事になっている為だ。
(……今日のメニューは軽いパス練の後に、直ぐに三年生と二年生以下のチームで分かれて試合だ。受験勉強する時間を削ってもらってる訳だし、文句は言えないけど……欲を言えばもう少し慣らしてからが良かったな)
「祐介、ペアお願いしていい?」
「ん、ああ」
全員アップは済ませている。既に何人かがパス練習に移っているのを目に映し、駆は佐伯へとペアを頼んだ。
強いパスとトラップ。ロブ気味のふんわりとしたパス。通常の直線パスではなく、強さや種類を選んでパス交換しながら、佐伯と会話をする。
「調子はどうだ?」
「うん、結構良いよ」
「……スタミナ戻すために結構無茶したんじゃないか?」
「あはは」
「したんだな」
苦笑するだけで返答をしない駆に、佐伯は呆れた様な溜め息を吐きながらパスを返す。だが決して責めはしない。恐らく自分も同じ立場になった時の事を考えたからだろう。
こうまで期待されて、復帰を望まれている未来の至宝だ。躍起になって励むのは良く理解できる。
支障をきたさない程度に抑えてるだけマシだろうと佐伯がパスは受け取る。
「……?」
「どうかした、祐介?」
「ああ、いや」
駆の言葉に返事を濁す。即座に言語化する事が出来ない表れだ。だが確かな違和感。何に対して違和感を覚えたのか、佐伯はパスを返しながら考えを続ける。駆のトラップの動作? いや、ボールタッチに関しては大きく変わった様子はない。暫く触ってない影響も殆ど無い様に見える。
ではパスの強さ? 確かに強弱の差はあるが、このパス練は特に指定がある訳ではない。そもそも毎回佐伯と駆のペアで行なっているわけでは無いので、パス能力にそこまで詳しい訳でもないからそこに違和感を覚えるとは思えない。ではどこに?
「……」
「祐介、ボールボール」
「え? あ、悪い。ちょっとボーッと……、……」
トラップの体勢を取らずに突っ立っていた佐伯の脚にボールが当たり、明後日の方向へと飛んでいく。ボールが転がっていく様子を見た駆が声を掛ければ、佐伯は言葉を返しながら途中でそれを途切れさせる。
(……いや、気のせいだよな。3ヶ月のブランクがあれば、最初は違和感があっても仕方ない)
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