ハーメルン
斬壺(きりつぼ)
第2話

 斬壺の術理、その骨子は二つ。太刀行きと手の内である。太刀行きとは、すなわち剣速。常の技のような一歩の踏み込みではない、三歩の助走。その勢いを足裏から足首、足首から脛、脛から膝。腰、背骨の一節一節、肩。腕、肘、手首、手指、柄、刀身、そしてようやく切先へと余すことなく、加速しながら伝える。これにより生まれる神速の太刀行きが、切先に限界まで破壊力を与える。

 その破壊力を切断力へと変えるのが手の内、すなわち柄の握りである。太刀を振るう向きによって握りを変えるのが常の剣術であったが、斬壺はそれに留まらなかった。太刀が当たった瞬間、その感触に応じて、斬りながらも自在に握りを締め、あるいは緩める。それにより刃は物体に抵抗することなく滑り、食い込み、撫で切り、断ち斬る。脆い壺を砕くことなく、硬い石に刃を折ることなく。

 両手で持った木刀を、剛佐は右肩の前で立てた。左足を半歩前に出す、八双の構え。三歩踏み込み、振るう。再び構え、踏み込み、振るう。重く夜気を裂くその音は、どうにもいつも通りだった。

「兄上、精が出ますな。秘太刀の稽古にござりますか」
 弟が庭に下りていた。手には二振り、袋竹刀(ふくろしない)――割竹を細長い袋に入れたもの――を提げている。
「しかし兄上。お言葉ですが、別の稽古をなさった方がよろしいのでは」

「……どういう意味だ」
 剛佐の視線を避けるように、弟は首を横に振る。笑って。
「いえ、言葉どおりにござります。我らが流派の秘伝とはいえ、誰も使い手のおらぬ技。実在すら怪しいのではないかと……正直、左様に思いますので」

 剛佐は表情を変えなかった。強く握る手に、だらりと下げていた木刀の先が上を向いた。
「嘘ごとと、そう申すか。我らが剣が、その最奥(さいおう)が」

 弟は変わらず笑っていた。
「いえいえ、仮の話にござります。それより一つ、竹刀稽古でもいかが」

 弟が差し出す竹刀を、何も言わずに取った。一礼の後、互いに構える。
 いつもの稽古と同じだった。剛佐の竹刀が当たる前に、弟のそれが剛佐を打った。振り上げる出がかりを抑えられ、振り下ろしたところを弾かれ、その隙を打たれ。三本に一本取り返せればよい方だった。
 最後、苦し紛れながら全力を込めた、斬壺の型は。あっさりとかわされ、胴を打たれた。

「よい稽古になりました。ありがとうございます、兄上」
 額の汗を拭う弟は、変わらず笑っていた。

 剛佐に表情はなかった。汗も拭わず、あいまいにうなずいて立ち尽くしていた。
 弟が部屋へと戻ってしばらくの後。剛佐は立てかけていた刀を取った。鞘を放り捨て、構えるのももどかしく振るう。柄を絞り折るような力を腕に込めて。砕くように歯を噛み締めながら。己の腕を千切ろうとするかのように、剛佐は剣を振るい続けた。

 どれほどの時が経ったであろうか。気づけば空が白んでいた。荒かった息はかすれ、途切れ途切れにさえなっていた。汗に濡れそぼった着物は外気と同じ温度をしていた。疲れ切ったはずの腕は、何故だか刀の重みを感じなかった。指も柄から離れようとしなかった、まるで、ぴたりと吸いついたように。刀の一部になったかのように。

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