ハーメルン
斬壺(きりつぼ)
第2話


 剛佐は口を開けていた。空が白いと、ただそう思った。それ以外の思考はなかった。空を映す刀身のように。

ふらり、と刀が動いた、気がした。その切先の方を見れば、庭石があった。肩ほどの高さがある庭石。斬れそうだな、と、そう思った。口を開けたまま。

 気づいたときには構えていた。八双の構えだった。考えたわけでもなく距離を取る。岩へ向かって三歩の間合い。

 駆けていた。地を蹴る堅い反動が、足の裏から土踏まずへ走る。足首へ巡り、骨を伝い肉を駆ける。腰のひねり、背骨のしなり、腕の力がそれに加わる。斬り下ろす刀が庭石に触れた瞬間、勝手に左手が締まり、右手は緩まっていた。手に感触はなかった。わずかにかち合う音だけが聞こえた。気づけば庭石の頭に、ずかりと刀が食い込んでいた。

 未だ柄から手が離れぬまま、どうやって刀を抜いたものかと考え始めたとき。寝間着の父が、裸足のまま駆けてくるのが見えた。
その朝の内に、剛佐は壺を両断した。父と弟、幾人かの直弟子の前で。初代の伝にあるとおり、据えた台には傷一つつけず――




今。剛佐は枝を手に、斬壺の構えを取る。何度も繰り返した動き。三歩の運足、地を蹴る勢いを刀に込め、振り下ろす。空を裂く音はどうにも重かった。もう一度繰り返しても、音は変わらず重かった。
振り下ろした姿勢のまま、剛佐は身じろぎもせずにいたが。やがて息をつき、肩を落とす。

「こんな枝ではどうにもならぬか」
 分かっていた。木刀で素振ろうが、刀で試し斬りしようが。斬壺を使えたことは、若き日の二度だけであったことを。どうしてそれが出来たのか、自分にも分からないことを。
 いくらか残った小枝を丁寧に払い、再び振ったが。やはり、音は変わらなかった。

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