ハーメルン
シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話
生ける伝説【5】

サンデーサイレンス。
アメリカのレースにおいて二冠を達成、さらにはG1を6勝し米国年度代表ウマ娘にも選ばれたスターウマ娘。
この異国の地においてなお、レース競技の関係者の中で知らないものはいないと言っても過言ではないだろう。既に引退してかなりの月日が経っているにも関わらず、だ。
私自身、トレーナーを志して以降も幾度となくその名前を聞かされてきた。

「チッ。このサンデーサイレンスがわざわざ顔を出してやったってのに、出迎えの一つもないのかねこの学園は」

「予め連絡の一つでもくれていれば幾らでも人は寄越しましたよ。抜き打ちで来られたところでどうしようもない。一体何人が今日この学園にいると思ってるんですか」

「顔見りゃ分かんだろうが。秋川のチビとも途中ですれ違ったんだぜ」

「おおかたカフェと勘違いしたって所じゃないですかね。そもそも顔すら見てなかったのかも」

「そうかい。なら俺はもう完全に昔の人ってわけだ」

つまんな、と唇を歪ませながら再び椅子を傾ける。ぐいっと顎を反らして天を睨むが、縦に裂けた瞳孔はおよそ何者をも捉えていないように見える。

彼女がどういう経緯で日本に渡ってきたのかは知らない。
理事長が少しだけ語った話によれば、彼女の母親である先代理事長が自らアメリカにまで足を運んで引き抜いてきたらしいが、その詳細についてはとんと掴めずにいた。
いくら当時のスーパースターとはいえ、まだ引退したばかりのウマ娘をトレーナーとして招聘する意味が分からないのだが………辣腕として名を馳せた先代のことだ。きっと予感じみたものでもあったのだろう。

彼女の期待どおり、あるいはそれすら越える結果をサンデーサイレンスは叩き出し、文字通り日本レース競技の歴史を根本から変えてみせた。
競技者としても、トレーナーとしても類稀な傑物というのがウマ娘サンデーサイレンスの評価である。
競技者としては天才でもいざ指導する立場になるとパッとしない、あるいはその逆のウマ娘が殆どを占める中で、彼女の功績はいっそ異次元とすら言えるだろう。
今だって、ちゃんと手続きさえ踏めば盛大に迎えてもらえるだろうに。そういうのを嫌がる癖して、いざ構ってもらえないとそれはそれで拗ねるのがサンデーサイレンスなのだ。

要するに、とても面倒くさい。
まだ死ぬ気はないので絶対に口には出さないが。

「この国に来たばっかりの頃は、そこらの有象無象がこぞって俺を拝みに来たもんだ。それがなんだ。どいつもこいつも知らん顔して素通りしていきやがってよ」

「先程ご自身も仰ったとおり、貴女は既に過去のウマ娘ということでしょう。サンデーサイレンスの名を知らない者はいないとはいえ、一瞬すれ違っただけの顔から導き出すのは難しい」

トレーナーとして圧倒的な手腕を披露したものの、ここに骨を埋める覚悟まではなかったのだろう。世間的にはまだまだ若手と言える歳で彼女は学園を去っていた。その後の行方は公にされず、現在サンデーサイレンスは完全に表舞台から姿をくらましている。
少なくとも今この学園に在籍しているような生徒にとっては、半ば神話か伝説のような認識だろう。

そんな彼女は今では東京から少し離れた地方で孤児院兼レース関連の私塾を経営している。身寄りのないウマ娘の子供や親がウマ娘の子供なんかを対象にしている施設であり、かくいう私自身もそこで育った一人である。

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