トレーナー君に贈り物をしたいルドルフ【2】
カチャカチャと、部屋の中で編み針のぶつかる音が響く。
今日の授業の復習も終わり、あとはもう寝るだけの時間。カーテンの閉められた寮部屋の中で、私は編み物にいそしんでいた。
「~~♪~~~♪」
呑気な鼻歌と共に、私の手の中で徐々に形が組上がっていく。今作っているのは手袋。勿論、トレーナー君にあげるためのものだ。
パチン、と手ハサミで尻尾の毛を根元から切り落とす。細く、時間も経って劣化の進んだ夏毛とは違う。太くしなやかで、換毛を終えたばかりの新鮮な冬毛。当然保温性もバッチリだ。
このために尻尾の洗浄には念には念を入れてきた。元々手入れを欠かさない自慢の尻尾であるが、この一週間は化学由来の製品は一切使わず、尻尾専用の石鹸で念入りに汚れを落とすことを心掛けてきた。当然、洗浄後にドライヤーをかけながら揉みほぐし、最後に櫛を通すことも忘れない。
そうして出来上がった私の尻尾は、まるで今にも勝手に動き出しそうな程艶やかで生き生きとしていた。学園で尻尾コンテストでも開催されれば、間違いなく優勝出来る自信がある。
私はトレーナー君が好きだ。
といっても、別に私と彼は将来を誓い合った仲でもなければ恋人でもない。あくまでトレーナーとその担当ウマ娘という間柄だ………少なくとも、今のところは。なので、これは私が一方的に彼に対して抱く恋心。
その想いを伝えるつもりはまだない。今は私にとっても彼にとっても大事な時期だ。そこに余計な感情を持ち込んで混乱を招きたくないという気持ちの方が強かった。受け入れてもらえた場合ならまだしも、拒絶されてしまった日にはまともに精神を保てる自信がない。そんな状況でトゥインクルシリーズを制覇するなど夢のまた夢だ。
私には理想がある。彼が共に見たいと言ってくれた世界を実現するためにも、私は負けるわけにはいかない。こんな所で折れている場合ではないのだ。
しかし、そうは言っても私も三冠バである以前に一人の女なわけで。意中の相手に好かれたい、良く思われたい、そのためにアピールしたいという気持ちはある。
元々、私は独占欲が強い気質だ。それに人並み外れて欲深いという自覚もある。たとえ告白しないにしても、だからといってただ指を咥えてトレーナー君を眺めているつもりは毛頭なかった。
「……随分ご機嫌だね、ルドルフ」
「ああ、すまないシービー……うるさくしてしまったかな?出来るだけ音は抑えているつもりなのだが」
鼻歌の切れ目を縫うように声をかけられ、目をやるとそこには毛布を被って丸まったシービーの姿。まだ夜も早い時間だが、彼女はもう眠る体勢に入っている。
私がこの作業を初めて数日経つが、丁度それを開始したあたりからシービーはさっさと寝るようになってしまった。
集中しているが故に彼女も気遣ってくれていたのかもしれない。単純にやることがなくて暇なだけかもしれないが……夜が更けて眠くなるまで私で遊ぶのがシービーの日課なのだ。
「別に、そこまで騒がしくないから大丈夫だよ。ただ、キミが相手してくれないから暇でね。ちょっとお話しないかな?」
「別に構わないが、片手間になる以上そこまで楽しい話も出来ないと思うよ」
「大丈夫大丈夫。ルドルフに面白さなんて期待してないから……アタシも眠くなったら勝手に寝るからね」
「いつも通りじゃないか」
いつもいつもシービーの方から私に絡んでくる癖に、私がどれだけ気を効かせた返しをしてやったところで、彼女は自分が眠くなったら勝手に眠ってしまうのだ。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/7
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク