ハーメルン
シンボリルドルフに逆らえないトレーナー君の話
私達、結婚しました

「私達、結婚しました」

昼下がりの生徒会室。いつも通り午前の業務を終えて、息抜きに談笑にでも興じていた時間。高らかに、そんな突拍子もない宣言が発せられた。
ぴし、と空気の凍りつく音が確かに聞こえる。

どうしてこんなことになったのだろう、なんてどこか他人事のように頭を巡らせる。急変にも程がありすぎる場面展開に頭が追いつかず、自分がそこにいるという現実を受け入れられない。
むに、と右腕上腕に触れる柔らかな感触。見ると、私の右腕に自らの両腕を絡ませたシービーがその胸をぐにぐにと押し付けてきている。それを見て、みるみる視線が鋭くなっていく目の前のルドルフ。そして、そんなルドルフを興味深げに眺めるマルゼンスキー。確か、いつものこの三人とお喋りしていたのだったな………つい先程までは。
パキン、と不穏な音が私達の間になる。それは凍った空気に亀裂の走った音か、それともルドルフの手に持つカップに罅の入った音か。わなわなとおののく彼女を見て『やーん、まいっちんぐ!!』と何故か嬉しそうにはしゃぐマルゼン。よくもまぁ、あの至近距離でルドルフの威圧を受けながらそこまで笑えるものだ。剛毅とか豪胆を通り越して、ルドルフとは違う意味でまた恐ろしさを感じてしまう。

「これ、私の旦那です」

相変わらず胸をぐりぐりと押し付けながら、私の胸にすりすりと頬擦りをしてくるシービー。やや緑がかった独特の鹿毛が私の顔スレスレで踊り、柑橘系の甘酸っぱい爽やかな香りが鼻腔を満たす。
その姿はどこか猫を連想させた。飼い主に構って欲しくてすり寄ってくる気紛れな飼い猫。もっとも、今シービーが秋波を送っているのは私ではなくルドルフなわけだけど。

「嘘です」

「いいえ本当です」

「おめでとうシービー。でも事後報告なんてちょっと寂しいんじゃないかしら?お姉さん悲しいわ」

「ごめんねマルゼン。いつまで経っても旦那が腹を括らなくてさ、やっぱり男ならここ一番で意地を見せないといけないよね……ねぇアナタ」

胸から顔を上げると、そのほっそりとした指で私の頬を撫で上げてくるシービー。悪戯心に溢れた微笑みに、窓から射し込む光に照らされてキラキラと輝く次縹色の瞳がよく映える。うわぁ……本当に顔がいいなこの娘。

「まぁ、そういう所も含めて愛してるよアナタ。これから夫婦になるんだから、多少駄目な夫でも妻が支えていけばいいだけの話だからね」

「駄目とか言うな」

「大丈夫。たとえどれだけ甲斐性なしで人の心が分からないヘタレでチキンのおとぼけだったとしても、それでもアナタのことは私が一生かけて大事にするから」

頬を撫でていた手を外し、今度はぐるりと首の後ろに両手を回す。そのまま体全体を密着させてきた。ウマ娘特有の、人間よりも高めの体温が直に伝わってくる。

「成る程、大した殺し文句だな。それで?そうやって何人の生徒に粉をかけてきたんだシービー。えぇ……このグッドルッキングホースガールが」

「そんなの一々数えてるわけないでしょ。キミはこれまで食べたパンの数を覚えているのかな?それに、シリウスよりはだいぶマシだと思ってるんだけど」

「他所は他所。うちはうちです」

「それにあの子はちゃんと釣った魚には餌を与えているじゃない。愛想だけ振り撒いていくシービーの方がよっぽどたちが悪いと思うわ」

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