デートではない。繰り返す。デートではない。
青葉若葉の候、つまりは六月。
五月という快適な季節が過ぎ去り、湿気とともに夏の足音が近づいてきていた。夜の肌寒さはどこか懐かしく、半袖のシャツで過ごす機会も多くなりつつある。
そんな季節の変わり目。
夜闇に紛れて、そのメッセージは唐突にやってきた。
『こんばんは。今度の日曜日、デートしましょう』
差出人は、雪ノ下雪乃。
余りにもストレートで、突拍子もない連絡に俺は携帯の通知を見た後に既読をつけないままそっとスリープボタンを押した。デートって何のことだろうな。そもそもデートって何? 八幡、五歳だからよく分かんない(現実逃避)。
『電話してもいい?』
五分ほど天井を見つめながら寿限無を唱えていたところ、そんな通知を受け取って我に返った。未読スルーしたら電凸とか拙速すぎる。
しかしまあ、無視はよくない。あと電話してこられるのもまたまた困る。何が困るって耳元で雪ノ下の声がする時点で色々ヤバイからだ。ASMRに目覚めてしまうまである。
俺はメッセージの宛先がいつかのようにグループ宛てではないことを確認すると、ポチポチとメッセージを打ち込んで送信する。
『丁重にお断り致します』
ふぅ、これで角のたたないお断りができたであろう。さてそろそろ寝ようかなと思っていると、また携帯は通知のバナーを表示した。
『もうすぐ由比ヶ浜さんの誕生日だから、プレゼントを買いに行きたいのよね』
『ちょっと? 断っているんですが?』
『あなたに拒否権はないわ。お弁当五回分で手を打ちましょう』
そのメッセージを読んだ瞬間、俺は戦慄した。
ああ、確かに俺は弁当代を払わせてくれと言い、雪ノ下は別のことで返してくれたらいいと言っていた。だから俺は対価を支払う必要があるわけだが⋯⋯弁当五回分ってことは、それ毎週デートする権利があるってことにならない? いやなってるな。雪ノ下さんの交渉術マジパネェっす。
『残念ながら日曜日は予定があります』
『日曜日に予定がないことは小町さんに確認済みです』
俺がメッセージを送るなり、即座にそんな返信が叩きつけられる。って小町ェ⋯⋯。お前はお兄ちゃんの味方じゃなかったのか。
『プレゼントを買いに行くのはお買い物と言って、デートとは言わないのではないでしょうか?』
『あなたがそう呼びたいなら、買い物ということでいいわ』
そのメッセージには絵文字も顔文字もなかったが、俺の脳内では雪ノ下の勝ち気な笑みが浮かんでいた。っていうかこれ、完全に逃げられない詰みのパターンだ。
それから待ち合わせ場所やら時間やらをやり取りすると、雪ノ下は妙な間の後にまたメッセージを送ってくる。
『日曜日、楽しみにしているわね。おやすみなさい』
──って、言われてもな。
今夜はなかなか寝付けそうにないなと思いながら、俺は『おやすみ』のスタンプを探してタップした。
* * *
日曜日がやってきた。
否、曜日は常に一定間隔で並んでいるだけなので俺が日曜日に突入したと言う方が正しいだろうか。そんな日曜日の南船橋駅は、以前由比ヶ浜と来た時と同じく人でごった返していた。
集合時間まであと五分と少し。改札を出て、雪ノ下の姿を探す。電車の発着時間から考えると、きっと雪ノ下の方が先に着いているだろう。
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